量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

昨日の話の続きで、コースケが「怖いことを考えると胸が詰まる気がする」というので「失恋の痛みはもっと詰まるぞ」と言ったら「パパ失恋したことあるの?」と聞かれ、そういえば今日から実家に帰ることを思い出したのだった。




この記事がリリースされていることには関東一円を颱風が襲っていることであろう。おそらく千葉などは直撃である。まるで太平洋戦争末期にテニアン島や太平洋上の航空母艦から米軍機が襲ってくるコースそのものだ。千葉はこうしていつの時代にも日本の盾となり・・・


昼間読んでいた本が右翼ジャーナリストの本だったので文体まで毒されているようだ。別に千葉だけがいつも日本の盾になっているわけではない。あと、「颱風」って書くと「台風」よりもおどろおどろしい感じがしないだろうか。まあ「イタチ」(鼬)と勘違いしそうでもあるが。

今朝は朝6時に家を出て、首都高→東名→新東名と走って豊田辺りに着いたのが10時半くらい。400km弱を4時間半で走った。新東名は去年も走ったが本当に快適だ。道幅も広く舗装もきれいで途中では110km制限の試行をやっていたりして飛ばし放題。

ここから伊勢湾岸自動車道→東名阪自動車道→新名神→名神と通って京都に行くのが一番早いのだが、名港あたりで事故渋滞で10km120分という表示が。2時までに京都につかなければならないのだがピンチ。車を止めてルートを確認したかったが豊田JCTまでの間にサービスエリアがなかったので、やむなく直前の豊田東ICでいったん高速を降りる。

料金所の手前で車を止めて地図を確認。やむを得ず旧東名→名神で向かうことにする。料金所の手前なので、そのまままた元の新東名に戻り、旧東名へ。小牧から旧名神に変わったが道が悪い。旧名神なんて新東名に比べると地方の2級国道にしか見えない。

この辺でいまや日本最暑都市である多治見付近を通過するが、特に影響は感じられなかった。凶悪な暑さで有名な京都市内に入っても、それほどではなかった。京都駅の近くの駐車場にクルマを置く。ここに2泊してもらうことになる。

駐車場から京都駅までちょっと距離があり、そこをえっちらおっちらスーツケースを押していると、スーツケースがどうしても右に曲がっていく。しかもカラカラ音までする。これはたぶんどこか壊れたなと思って車輪を点検すると、ゴムのタイヤ部分がバーストしていた。まさかこの暑さで・・・

単に20年も使って劣化しただけだろう。最後に使ったのは10年前の新婚旅行だし。新幹線に乗るまでにまだ若干時間があったので、駅の近くのショッピングモールにあるカバン屋に行って新しい奴を購入。一応古い奴も処分してもらえる事は事前に電話で聞いておいた。
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ちょっと痛い出費だったが、まっすぐ走らないスーツケースを押して雑踏を行くと何が起きるか分からないのでしょうがない。

広島からは在来線。広島岩国間は7月豪雨の直接影響はなかったが、本数は間引いて運行している模様。岩国から由宇も普段1時間に2本の電車が1本になっていた。
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夕に戻ったら両親と姉夫婦とともにいつもの焼肉屋。本当に飽きない。
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ここ由宇は広島カープの2軍球場があるので、キャンプ中や2軍の試合があるときはファンが詰めかける。
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しかし地元に戻るといつ同級生に合うか分からない。電車の中でどこか懐かしい面影のあるきれいな女の子を見かけても、同級生の子供だったなんてことも十分ありうる。だからなんだということはないが。

そういえば今回は街中から距離のある実家ではなく、街中のホテルに宿泊している。ちょっとその辺を歩けば誰かにあうかもしれないし、その時はどこまで自制心が保てるのか自信がない。いったいどんな自制心を指しているのか、自分でもよく分からないが。

明日の朝は朝ランして、街を偵察してこよう。

激沈上等(笑)
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地球滅亡物の小説とか映画とかあるじゃないですか。観てないけど「アルマゲドン」みたいに最後は救われる、というのではなくて、本当に滅亡に向かう絶望的なヤツ。

自分が最初に観たのは、滅亡するのが地球じゃなくて日本だけど「日本沈没」。これは怖かった。家族で観に行ったと思うんだけど、東京が火の海になって炭化した亡骸が道端にころがっている図とか、真っ暗な中で真鶴あたりで富士山が噴火するのを絶望的な気持ちで眺めるとか、あの逃げ場が無い感じ。

でも一番怖かったのは、助かった主人公がブラジルの大地を列車に乗ってどこかに向かっている図。もう彼にはどこにも帰るところは無い。もしこれが自分だったら、と子供ながらにビビりまくったのを覚えている。

それ以外でも地球滅亡物のお話と言えば「ノアの方舟」とか「ノストラダムスの予言」とか。多少救いがあるのが小松左京の「復活の日」とかコーマック・マッカーシーの「ロード」とか。いい年になった今でもこういうお話はあんまり得意ではない。(といいつつ結構読んでいる)



最近我が息子のコースケがちょっと情緒不安定気味で、気が付いたらなんかメソメソ泣いている。トモコがようやく聞き出したところによると、通っている塾の理科の先生から「さそり座のアンタレスが爆発したら地球もただでは済まない」みたいな話を聞いてショックを受けたかららしい。

いったいそれはいつ起こる話だよ、とも思ったが子供にそれは通用しないだろうなあ。若干10歳。まだまだそういう話は怖いだろうと思う。と、オレが「日本沈没」を観たのはいつだったんだろうと思って調べたら、なんと9歳の時でした。まあオレはビビりはしたけどメソメソはしませんでしたけどね。しかし9歳の子どもに見せる映画じゃないよね~(笑)

相変わらずメソメソしているコースケとの会話。

オレ「いいか、人間は怖さを克服するために科学を発展させてきたんだ。知らないことを理解できるようになれば怖いことなんてない!」
コースケ「うん・・・ なんか怖くなくなってきた」

(でかした、オレ!)

オレ「パパなんて色んな事故マニアだから。なんで事故が起こったかいっぱい調べてるから怖くない!」
コースケ「なんかまた怖くなってきた・・・・」


Oh, No!!


明日からの旅行でなんとか気分転換して忘れてくれたらいいんだけどねえ。今日はランオフでした。

本日の走行距離:0.0km
今月の走行距離:51.5km
本日の最低体重:60.6kg
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記憶は風化するものだ。

例えば30年前の今日、何があったかなんて覚えている人はなかなかいないだろう。でも確実に言えるのは、30年前も広島では慰霊式典が行われていたであろうこと。3月11日の午後2時46分にはいまだに黙とうする人がいるが、8月6日の午前8時15分に黙とうする人は、広島以外では今はたぶんほとんどいない。

これは何度もここで書いているが、自分が子供時代を過ごした山口県の岩国市は広島市から約50km。同級生の親が被爆者だったりした。小学生の時の社会見学先は原爆ドームと原爆資料館。原爆の閃光で石段に焼き付いた人の影とか、ひん曲がった一升瓶とか、炭化した人間の模型とかが強烈な印象に残っている。

岩国には米軍基地もあり、核兵器貯蔵疑惑もあったりして、戦争がすぐそこにあった。あのころはマジでヤバいと思っていた。光った瞬間に一瞬で灰になる恐怖。だから毎年この日のこの時間は心の中で黙とうしている。

昨日から高校野球が始まった。そういえば今年は例年より少し早い。何でそう思うかというと、試合中に8月15日を迎えると正午に必ず選手が黙とうするのだが、長崎の原爆の日や広島の原爆の日の黙とうを見たことが無いから。つまり高校野球は毎年長崎の原爆の日より後に始まっていたはず。

でも試合の間隔をあけるために今年から開会式が前倒しになり、長崎の原爆の日の黙とうが加わるようになったようだ。おかげで8月15日だけでなく8月9日も、高校野球を通じて少しでも記憶が風化せずに済む。今年は8月6日には黙とうはしたんだろうか。



「生産性が低い云々」という発言も、どうも若い世代はピンとこない人が多いようだ。発言への追随者まで出てきたのには驚いた。ひどいことを言っているという認識が無いようだ。

自分が子供のころは必ず学校の授業で人権に関する科目があった。差別についても散々教えられた。わざわざ差別があることを教えることがさらなる差別の引き金になるという意見もあったが、それでも差別に関する教育は続けられた。

現在の差別問題教育に関する実態をよく知らないのだが、こうしたマイノリティの存在自体を否定するような発言が出てくること自体が、人権教育が弱まってきたことを示していないだろうか。発言している当人は合理的に考えているつもりでも、それは経済合理性でしかない。

マイノリティの人は好きでマイノリティを選択しているわけではない。選びようがないからこそマイノリティなのだ。その人たちのアイデンティティを平等に認められない社会は、あらゆる社会的弱者に対して不寛容になる可能性がある。

この発言をしている議員だっていつかは老人になるし、もしかするとカラダが不自由になるかもしれない。その時に生産性が低いという理由で切り捨てられても構わないんだろうか。

経済的な観点からみても、人権擁護は安心して生産性をあげるための大前提になる社会の仕組みだ。それが軽視される社会で、効率性が優先されると大変なことになる。乗り物で言えば安全性が軽視されてスピードだけが優先されるようなものだ。

その発言の怖さが分かっているのだろうか。


2018年  原爆の日に思ったことでした。



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