量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

一週間自転車に乗らなかったら、ほとんど春になっていた。午前7時時点の気温が9度。最高気温は18度らしい。家で朝食を摂ってから手賀沼に向けて出発。まずは357号で二俣新町に向かう。
二俣新町のまさに武蔵野線と京葉線が二股になっているところで左折。京葉道の原木ICを越えて中山競馬場方面に行こうとするが、すごい渋滞である。しかも道幅が狭く自転車が通る余地なし。やむなく歩道を併用しつつ北へ向かう。西船橋駅を越えたところでたまらず右折。街中に突っ込んで抜け道を探す。行田を抜けてファイターズタウン、鎌ヶ谷カントリーの横を通り県道8号線に合流。この辺りは林や田畑が目立つ、結構な田舎道だ。信号も少なく快適だといえよう。
そのまま16号線を渡りどんどん進んでいくと、「しょうなん道の駅」という標識が見えてくる。

この時点でスタートからちょうど30km、時刻は10時。あまり効率がいいとはいえない。ところで「しょうなん」って湘南じゃないよ、沼の南で沼南。つまり手賀沼の南ということ。
7a9d6852.jpg

手賀沼はこの近辺のローディたちのコースになっているようで、すごい数の自転車を見た。ただサイクリングロードは手賀沼を一周しているわけではなく、南側のみに整備されているようだ。これだと一足伸ばして利根川まで行きたくなるね。
さて、手賀沼を早々に離れて進路を6号線へと向ける。そこからとっとと自宅に帰ろうという寸法だ。しかし6号線に出てみたものの、これが存外狭い。んー、16号線はもっとよかったぞ。でも他に道もないので、このまま行ってしまう。そういえば今日はまだ補給していないけど、最近太り気味なのでギリギリまでがんばってみる。
松戸まできたところで、6号線から離れて市川方面へ向かう。これがまた道が狭くしかも渋滞中。自転車ですら通り抜けられない。本当にこの市川・船橋付近の道路事情の悪さは何とかならないものか。確かに道がきちんとつながっていないので、交差点に自動車がたまるという事情は分かる。それにしても詰まりすぎ。先々週の房総はよかったなあ~。
7bf66312.jpg


この辺りで国府台城跡である里美公園方面に脱出、そのまま江戸川サイクリングロードに抜ける。ようやく自転車らしいスピードで走れるようになった。江戸川さくらも見事に咲いていた。
f8774120.jpg

行徳橋を浦安方面に進むと残りはほぼ10km、30分の距離となる。
ということで本日の走行距離は72km。先週の膝痛を考えればこんなところか。

就職先を3ヵ月で辞めて以来、自堕落気儘に親の脛を齧って暮らす“甘ったれ"25歳が、母親の病を機に一念発起。バイトに精を出し、職探しに、大切な人を救うために、奔走する。本当にやりたい仕事って?自問しながら主人公が成長する過程と、壊れかけた家族の再生を描く、愛と勇気と希望が結晶となったベストセラー長編小説。

フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)
(2012/08/02)
有川 浩

商品詳細を見る





今頃になってこの本を読んでいるわけだが、相変わらず細かい心情描写が読んでいてぐっとくる。さすがである。そして最後になってラブコメ要素もきちんと追加されている。有川ファンにはたまらないだろう。土建業の細かいところも、自衛隊物で発揮された取材力が大いに効果を出している。

しかーし!しかーしである。私はこの人の本を既に何冊も読んできたのだが、こういった技術力がどうしても過剰に見えてしまうのだ。何に対して過剰かというと、作者が言いたいことがどうも痩せているのだ。決して隆々とはしていない。その痩せた幹に対して、心情描写などのテクニックが過剰に過ぎ、どうしてもアンバランスに感じてしまうのである。

彼女の代表作である図書館戦争がその典型だ。空想上の検閲制度をめぐって図書館派と検閲派が血で血を洗う、という設定により、恐らく現在の日本がおかれている不自然な政治的状況を描き出し、彼女の信じるものを語りたいという狙いはよく分かる。しかし、その肝心の語りたいものが断片的にしか見えないのだ。それに対してテクニックが勝ち過ぎているので、ときにそれがあざとく感じられてしまうのだ。

本作においても、主婦のうつ病、フリーター問題、家族の対話、といったテーマは分かりやすく見えてくるものの、いずれも骨太さに欠ける。主婦のうつは原因が特殊すぎ、フリーターは簡単に決着しすぎ、もう少し苦さがでれば変わると思われるのだが。この辺りが今回直木賞を逃した要因か。☆☆☆。

こちらもポチっとお願いします。m( _ _ )m
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村

このブログを今回立ち上げたのは、自転車に乗る習慣ができたので記録をつけておきたくなった事もあるが、以前からフェイスブックに書評を書くのに不自由を感じていた事も理由の一つである。
FBは顕名なので友達も出来やすいが、もし書評でネガティブな事を書くと、それが誰かのお気に入りの作家だったりすると、気分を害されるかもしれない。
それが分かっているのに敢えて書くというのも、協調性が無いなあと思っていた。しかし成毛眞が、読書をしたらちゃんと記録を残せ、と言っていたので自転車と合わせてブログに記録する事にしたわけだ。
取り敢えず、以前言いたかったこと。
「永遠のゼロ」は、戦史の部分が余りにも他の人の著作の直引き過ぎて、興醒めだった。また本筋の主人公が特攻を志願する経緯もよく分からない。戦争についての歴史も、当時の人の心象も消化不足で、若手読者に受けるように見栄えの良いシーンに頼りすぎなのでは。出来の悪い2時間ドラマを見せられているように感じた。

↑このページのトップヘ