量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

昨日は東京はまた雪だった。我が家は駅から2km弱離れているので、荒天の時はバスは満員になるしタクシー乗り場にも長い行列ができる。それで今日はこんな姿で通勤。ゴアテックスのコートにパンツ、ゴーグルとイヤーパッド。これでバスの混雑からもタクシー待ちからも解放された♪ もちろん歩かないといけないが(笑)



さて、この火曜日から5日間、我が愛妻トモコさんがインフルエンザのため家庭内隔離になった。以下は我ら家族3名がいかにこの苦境を乗り越えたか、の記録である。写真はほとんどないので退屈な内容ではあるが、一応家族の記録として残しておく。

最初の異変は2月10日(月)、一人息子コースケが発熱のため幼稚園を休んだ日の午後だった。トモコさんが突然「なんか喉がおかしい…」といい始めたのだった。パパは「ん、とりあえず今日は早く寝なよ」と優しく声を掛ける。「うん、わかった♪」そもそもトモコさんはいつも元気一杯♪あまり心配もせず、その日はみなそのまま眠りについた。


翌2月11日(祝)朝…


「ゲホッ、ゲホゲホ、声が出ない…」朝起きてきたトモコさんからSOSが発せられる。「もしかしたらインフルエンザかもしれない…」衝撃の言葉。もしインフルエンザなら日常生活への影響は甚大だ。まず外出は一定期間不可能。買い物やコースケの幼稚園への送り迎えもできなくなる。さらには、パパやコースケへの伝染も懸念されるところだ。いつも元気なだけに、こういう時への備えがほとんどない。

この日は熱も出なかったため、とりあえず家庭内隔離で様子を見ることに。トモコさんは和室に閉じ込めて、まずは昼ごはんの用意だ。冷蔵庫に焼きそばがあったので作る。トモコさんは食欲がない様子。昼食後、パパとコースケは晩御飯の食材調達に近くのヨーカドーへ。トモコさんにはポカリスエットだ。午前中は雪がちらついていたが、やんだようだ。そして帰宅したら掃除機を掛ける。

こうしている間にも、先週来休んでいるランニングの練習が気になる。そう、3月30日(日)に開催される佐倉健康マラソンにパパは出場予定なのだ。先週後半に自分もダウンしたため、もう5日も走っていない。せめて今日はちょっとだけでも走りたい!掃除が終わったところでトモコさんに「走ってきていい?」と聞いてみると、いい、とのこと。ひさびさなので燃える! 10km弱のいつものコースをキロ5分ペースで走り「俺もなかなかやるじゃん」と悦に入りながら帰宅。そうすると何やら家の中の様子がおかしい。

「どうかした?」とトモコさんに聞くと「パパが出掛けた後、コースケが一人で淋しくて泣いてた」とのこと。アチャー!そりゃあいくらママが同じ家のなかにいるとはいえ、隔離されてりゃあそりゃ淋しいわな。ゴメンよコースケ! 看病生活、一つ目の失敗。

風呂の掃除をして、晩ごはん(といっても鍋物)の支度もし、コースケと一緒に風呂にはいる。風呂のなかは数少ないコースケとのサシでのコミュニケーションの時間だ。「ママは暫くコースケの面倒見れないぞ」「うん、だいじょうぶ。こーちゃんがんばる」との力強い答え。コースケ、お前はいい息子だ♪

風呂から上がったら夕食だ。まあ鍋なので失敗の可能性はない。全部二人で食べきり、残ったツユで雑炊を作ってトモコさんに食べさせる。声はあまり出なくなってきたようだ。熱も39度弱まで上がってきた。コースケにいつもの咳の薬を飲ませ、歯磨きはパパが仕上げ磨きして、コースケだけ先に寝室へ。30分だけパパが添い寝。

それから食事の後片付けと明日の準備だ。ラッキーなことに、明日の幼稚園の弁当は、たまたま宅配弁当の日に当たっている。つまり弁当の準備をする必要はない♪ 味噌汁の出汁のイリコを鍋に投入し、米を研いで朝食の準備完了。漸く初日が終了だ。やっと一人の時間が来る。焼酎を飲みながら読書。本は「限界集落株式会社」。タイトルはキャッチーだが内容はどうか? とりあえず☆☆☆☆、blog記載ラインに到達♪ 明日も早いので12時には就寝だ。



2月12日(水)

翌朝は6時に起床。会社には午後から出社する旨を連絡し、まずは朝食を作る。米は前夜に洗ってあるが、我が家ではご飯は普段からユニフレームのライスクッカーで炊いているので手間が掛かる。食卓に並べるのは自分の分とコースケの分。残った味噌汁でトモコの雑炊も作る。しかし朝食を前にしたコースケの表情がさえない。「みそしるのあじがちがう」 !!  なに、コースケ。パパの味噌汁が飲めねえってーの?! 「パパが作ったんだから味は違って当たり前」と言ったら素直に飲んだ。えらいぞ!コースケ。そして自分も飲んでみる。    薄い・・・・ (ゲロマズーw)2度目の失敗。

8時半を過ぎたらコースケを幼稚園に送っていく時間だ。その合間に洗濯。天気もイマイチなので風呂場で乾燥。この機能は本当に便利だ。そうこうしている間に10時前になったので、近所の医院にトモコさんを連れて行く。わずか数百mだが歩いていくのはとても無理。車で医院の入っているショッピングセンターの駐車場に車を駐める。そして診察。

「インフルエンザ、A型だったよ・・・」とトモコさん。オーマイガッ!予想はしていたが、これから数日間の生活をそれ前提に全部考えなければ。とりあえず家に帰って昼飯だ。

後編に続く。

起業のためにIT企業を辞職した多岐川優が、人生の休息で訪れた故郷は、限界集落と言われる過疎・高齢化のため社会的な共同生活の維持が困難な土地だった。優は、村の人たちと交流するうちに、集落の農業経営を担うことになった。現代の農業や地方集落が抱える様々な課題、抵抗勢力と格闘し、限界集落を再生しようとするのだが…。集落の消滅を憂う老人達、零細農家の父親と娘、田舎に逃げてきた若者。かつての負け組が立ち上がる!過疎・高齢化・雇用問題・食糧自給率、日本に山積する社会不安を一掃する逆転満塁ホームランの地域活性エンタテインメント。



限界集落株式会社 (小学館文庫)限界集落株式会社 (小学館文庫)
(2013/10/08)
黒野 伸一

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田舎の農村やら鉄道やら、潰れかけた会社やらを建て直す小説はよくある。でもその大半は、たまたま凄い有名人が支援者に付いてくれたり、村人が考えたキャラクターが全国で人気になったり。要はご都合主義のストーリーが多すぎるのだ。そしてこの本は少し違うのかと思って読んでみた。







やはり全国区のゆるキャラが登場した(笑)

主人公はバリバリのエリートで土に触ろうともしない。限界集落という割には東京から車で3時間。ゆるキャラのお陰でビジネスはどんどん上手くいく。おいおい、これじゃあこれまでのご都合主義小説と変わらないじゃん、と思ったらなんと村で傷害事件が発生し資金調達途絶の危機を迎える。

ここからの展開はなかなか良かった。主人公は私財をなげうって事業継続のために奔走する。このシーンにはなかなかぐっときた。どん底に落ちたビジネスをいかに再生するか。関係者全員が当事者になって取り組んでいく姿も泣かせる。ありきたりと言えばありきたりだが、少しホッとするお話。主人公の人間的成長の表現もさりげなくてよい。☆☆☆☆。

少年は、十四歳で家出し、物乞いや盗みで生計を立て各地を放浪していた。時はアメリカの開拓時代。あらゆる人種と言語が入り乱れ、荒野は暴力と野蛮と堕落に支配されていた。行くあてのない旅の末、少年は、以前より見知っていた「判事」と呼ばれる二メートル超の巨漢の誘いで、グラントン大尉率いるインディアン討伐隊に加わった。哲学、科学、外国語に精通する一方で、何の躊躇もなく罪なき人々を殺していくこの奇怪な判事との再会により、少年の運命は残酷の極みに呑み込まれるのだった―。『ニューヨーク・タイムズ』紙上で、著名作家の投票によるベスト・アメリカン・ノヴェルズ(2006‐1981)に選出。少年と不法戦士たちの旅路を冷徹な筆致で綴る、巨匠の代表作。

ブラッド・メリディアンブラッド・メリディアン
(2009/12/18)
コーマック・マッカーシー

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以前バルガス=リョサの「世界終末戦争」やガルシア=マルケスの「百年の孤独」を読んで、あの寂寞とした世界に触れたとき、こんな残虐な物語ではあるが、多分世界のいろんな国で同じような物語があるんだろうな、と思った。そして今回この作品を読んで、やはりアメリカにも同じ物語があった、と思った。これもまた、どこにも行き場のない殺戮と放浪の叙事詩だ。

解説ではここに登場する「判事」がコンラッドの「闇の奥」のクルツになぞらえられている。クルツは「地獄の黙示録」のカーツ大佐のモデルだ。この作品の発表が1985年だから、マッカーシーがカーツ大佐をモデルにして判事を書いた可能性は十分ある。坊主頭、博識。地獄の黙示録でカーツ大佐の帝国のあのショッキングなシーンを思い浮かべると、アメリカ人がインディアンやメキシコ人を殺戮するこの物語に驚くほど一致する。

マッカーシーの三部作でも登場する南の楽園メキシコ。本作でも判事率いる首狩り隊はメキシコの大地を駆け巡る。しかしそれは三部作とは異なり、明らかな侵略者としてこの地を黙示録に変えたというわけだ。150年前のこの歴史があって、50年前の三部作がある。これがアメリカの歴史だ。かつてはこうやってアメリカ人が地獄に変えたメキシコが、三部作では遠い楽園になった。アメリカという国の輪郭を浮かび上がらせる作品だ。

どんな殺戮の合間にも目にした植物の写生を欠かさない判事の姿が、どんなに忙しくても読書を欠かさないビジネスマン諸氏と被ってちょっと笑った。これで邦訳されたマッカーシーは全部読んだぞ。☆☆☆☆☆。

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