量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

二〇〇四年に発足した反戦イラク帰還兵の会(IVAW)。「イラクからの即時無条件撤退」「退役・現役軍人への医療保障その他の給付」「イラク国民への賠償」の三つを掲げて行動を開始したIVAWは、二〇〇八年三月、「冬の兵士」と題した公聴会を開催した。―多くの兵士が戦場の実態を告発した。その証言をまとめたのが本書である。

冬の兵士―イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実冬の兵士―イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実
(2009/08/19)
アーロン グランツ、反戦イラク帰還兵の会 他

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本書のタイトルにもなっている「冬の兵士」とは、アメリカ独立戦争の際に敵に追い詰められたジョージ・ワシントンの部隊に対し、厳しい状況の時こそ兵士としての真価が問われる、という趣旨で投げ掛けられた激励の言葉から引用されている。すなわち、正義の無い戦争をしているというアメリカにとって厳しい状況において、冬の兵士として国のためにやるべきことをやる、ということだ。「やるべきこと」とは、イラク戦争の真実を語ることである。

ここではいかにイラクの人々が意味無く傷付けられているか、兵士が生々しく語っている。しかしアメリカはベトナムで「間違った戦争は間違った戦闘を引き起こす」ことを全く学んだはずだったのではないのか。

本書を読めば、イラク戦争が侵略戦争であることは明らかだ。ラムズフェルドが言うように末端の兵士が暴走したのでは決してない。間違った戦争だから、個々の戦闘が間違っていても誰も正すことができないのだ。それはつまり、アメリカの中東政策が間違っているということだ。なぜならクラウゼヴィッツの言う通り、戦争は政治の一手段だからだ。その強欲な意図を世界平和という甘言で覆い隠しているのがアメリカの正体だ。そうでなければベトナム戦争でもっと学んでいるはずだ。

これだけ個人の権利が確立した時代になると、間違った戦争をしても長い期間にはこうして民主的に是正する圧力がはたらく。賛否はあるがウィキリークスもそういうことだろう。文明はここまでくるには長い時間と大変な犠牲を払って来たわけだが、本当の平和はそれほど遠くないことを期待させてくれる本でもある。

でも本書はそこまでは語らず、とにかく兵士たちの生の声を伝えることに徹している。その姿勢がまたよい。少し生々しすぎるので読むときは覚悟が必要。☆☆☆☆。

二十二歳の青年ナチュラリストが相棒と二人で出かけたカメルーンへの野生動物採集の旅は、刺されたりかまれたり逃げられたり、現地の人たちも巻きこんだ大騒動。手つかずの大自然の中に魅力的な動物たちの世界が生き生きと展開する、英国自然保護論者の草分け・ダレルの記念すべき処女作。

積みすぎた箱舟 (福音館文庫 ノンフィクション)積みすぎた箱舟 (福音館文庫 ノンフィクション)
(2006/09/15)
ジェラルド・ダレル

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ジャコウ猫、センザンコウ、ヤマアラシ、そしてポタモガーレ、アンワンティポ。後の2つは何の名前だか知っている人は少ないと思うが、1940年代半ばに、イギリスからカメルーンに渡った22歳の若者が珍しい昆虫や動物を採集・捕獲し、ロンドンにつれて帰ろうと奮闘するお話。今ならワシントン条約で一発アウトな動物が頻出し、よき時代を味あわせてくれる。

何よりその動物好きな探検家本人が書いているので、文章に登場する動物や昆虫だけでなく、現地の人たちの表情も生き生きと描かれている。前半は、現地で雇ったハンターとの凸凹な会話が面白い。ちなみに「ビーフ」とは生き物全体の現地での呼び名。

>「旦那、かみつくよ、気をつけて。ナ、そいつは悪いビーフだ・・・・」
ヘビは舌をすばやく出し入れするほかはまったく動こうとしなかった。ヘビの逃げ道をふさいだので、とりあえずほっとした。
>「旦那、こういうビーフはうんと毒を持ってるんです・・・」
>「エライアス、だまって、大きい袋と棒をもう一本持ってきてくれ」
>「はい」エライアスはしょんぼり答えて、立ち去った。

一応現地人なんだから旦那より現地の動物には詳しいはずなのに、しょんぼりすんなよ!と突っ込みたくなる。このエライアスがドジを踏んだり、頑張って珍しい獲物をつかまえて一喜一憂するのがおかしい。もちろん動物学者だから、動物についての描写は学者のそれだ。

>全長60cmほどで、その半分以上が尾である。この強い筋肉を持つ尾はカワウソの尾のように扁平ではなく。オタマジャクシの尾のように側面の幅が広い。尾の毛は短くすべすべで。まるで尾全体が磨き上げた皮でできているように見えた。体の上面は黒いが、手足の先と、腹、喉、胸は真っ白である。胴体は小さくずんぐりしていて、頭は妙に平たい。鼻口部と鼻のあたりの頬はふくれて大きくなっており、ここから硬い白いひげの束が生えている。上から見ると、頭はハンマーのようだ。足は小さく端正で、ひどく小さい針先ほどの目が、毛皮に埋まって光っている。

尻尾を表現するのに「カワウソ」と「オタマジャクシ」!さすがである。ちなみにこれは、珍獣ポタモガーレについての記述。そして探検家はついに大物を手に入れる。

>何が見られるのかわからないが、たぶんアフリカニオイネズミか、リスか、たいして珍しいものではなかろう。ところが、かごの底から大きな金色の目で私を見上げているのは、なんとアンワンティポではないか!
>人生にはすばらしい瞬間があるもので、そういうときには存分に楽しまなくてはならない。なぜなら、残念ながらそういう瞬間はめったにないからだ。私はこの瞬間を精いっぱい楽しんだ。
>ダニエルとハンターの二人は、私が気がふれたと思ったにちがいない。私は道の真ん中で戦のダンスを踊り、興奮して大声でわめき、周囲数キロにいるサイチョウを全部森の奥に追いこんでしまった。この数か月、さがしつづけてきたのに捕まえられなかったアンワンティポが、いま、我が手の内にあるのだ。そう考えると、うれしさに酔いしれてしまった。

このアンワンティポ、本書の表紙の中央にいるのでぜひご覧頂きたい。ちなみにその右のカワウソっぽいのがポタモガーレ(笑
たぶん半年間のカメルーン滞在中に捕まえたほとんどの動物について書いているのではないかというくらいに、延々と動物についての描写が続く。しかしその合間に、アフリカの大自然について記するのも忘れていない。

>前方にはフランス領との国境の先まで森がうねうねと続いている。右手に、熱気のもやの中にきらきら光り、青空についた指紋のようにうっすら見えるのは、百二十キロも先にそびえるカメルーン山である。それは息を呑むほど美しい光景であった。このとき初めて、私はこのとほうも無い森林の広大さを実感した。私たちが腰かけているところの真下の平原から森がのびて、ほとんどとぎれることなくアフリカを横断し、やがて東のケニア、タンザニア、ローデシアのサバンナ地帯に消えていく。

ああ、いいですな。知らない土地とか、知らない動物とか、未開の地とか。好きな方はぜひ!である。とにかく作者が明るく楽天的な様子が文章からも伝わってくるので、こちらまでたのしくなってくる。

これっていわゆる、高野秀行がいうところの「エンターテイメント・ノンフィクション」略してエンタメノンフに属するんだろうな。☆☆☆。

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5歳のユダヤ人の少年は出生の秘密を隠してどうして生き延びることができたのか―幼い主人公は虐殺を逃れてひとり森をさまよって、ある日、軍隊に捕らえられる。殺される代わりに、兵士らのマスコットとされる。バルト3国のラトビアはドイツの支配下にあった。少年兵は新聞にも映画にも出て、ナチスの宣伝に利用された。しかし、大人になって記憶はあいまいだ。自分はだれか?50年後にこの秘密を息子に知らせ、父子で過去の謎解きに向かう。ついに、母親と弟の殺された現場に立った。第2次世界大戦中の衝撃的な実話。

マスコット―ナチス突撃兵になったユダヤ少年の物語マスコット―ナチス突撃兵になったユダヤ少年の物語
(2011/11)
マーク カーゼム

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これを読んでつくづく自分は不勉強だなと思ったのだが、第二次世界大戦時にラトビアが当初はナチスドイツ側に付いていたこと、ラトビアSS(親衛隊)なる組織があったことを知らなかった。ドイツがソ連に侵攻した当初は、このラトビアSSがナチスの片棒を担いでユダヤ人迫害を行っていた。その中のある部隊のマスコットになっていたのが、本書の作者の父であり当事6歳だったアレックス・カーゼムだ。本書はラトビアSSが戦争犯罪を犯していたのかを追うミステリーとして、また同時にユダヤ少年がユダヤ人迫害を行った部隊のマスコットになったことで少年が負った心の傷を解き明かすノンフィクションとして、大いに読ませる内容となっている。

母親と兄弟が処刑されるのを目の当たりにし、森の中をさまよった子供のころのかすかな記憶が、過去探しをする中で次々とアレックスの脳裏によみがえってくる。もっとも衝撃的だったことの一つは、アレックスは子供心にナチスの軍人に対する憧れを抱いていて、それから60年近くたってそのころの憧れの気持ちをよみがえらせるシーンだ。いくら当時はなにもわからない子供だったとはいえ、息子が「その軍人たちがユダヤ人に何をしたのか知っているのか」と思わず漏らすとおり、これはかなり怖い。もちろん本人には、ナチスに加担した深い罪の意識はあり苦しんでいるのだが、それとこれとは別なのだ。

その憧れの軍人たちが実際に惨劇に手を下しているのを少年のときに見ていたにもかかわらず、それだけ少年の心に刷り込まれた憧れの力が強いということか。なんだかトム・ロブ・スミスの「チャイルド44」を読んでいるみたいだ。「チャイルド44」の出版は2008年。本書の出版自体は2009年だが内容は2002年にオーストラリアでTVドキュメンタリーとして放送されたらしいから、英国人のロム・ロブ・スミスが小説の設定をこの事件から拝借した可能性はある。

もう一つは、アレックスがユダヤ人に対してもつ嫌悪感や恐怖感。自分がユダヤ人であることが明らかになることに対する恐れ。それは今までアレックスがユダヤ人であることを知らなかった家族に対する意識もあるが、本人が「永らくラトビアSSが私にユダヤ人は迫害されるべき存在であることを植え付けた」と語っているように、差別意識とは後天的に刷り込まれるものであることがよくわかる。「ホテル・ルワンダ」に、ツチ族を抹殺するようフツ族に呼びかけるラジオ放送の話が出てくるが、これを思い出させるものがある。いやそんなもんで洗脳されんでしょう、と思うのだが、ラジオの言うとおりに隣人を山刀で切り刻んだりするのだ。憎悪を掻き立てるための技術というものが、この世の中には確かにある。

子供のころに抵抗すべくも無い経験をし心を引き裂かれて、自分が何者なのかもよくわからず、アレックスがどうやって自分を保って今の家族を守ってきたのか、想像もつかない。最後にアレックスが、かつて母や兄弟が殺された場所に立つシーンではカタルシスさえ覚える。一方で、アレックスの息子である作者マークは父親が過去を取り戻す過程にどっぷり入りきっていて、父と息子の間の強い絆が伺える。周囲からの圧力もあり、また精神面で父親も支えながら真相を究明し本書を執筆するのは、作者にとって相当に負担の大きい作業だったに違いない。アレックスは存命だが、マークは本書が出版された直後に病死している。

子供に戦争を経験させてはいけないことを痛感させる本。☆☆☆☆。


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