量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

この週末は今年一番の冷え込み見たいですね~。そんな中ではありますが、我が家はこの土日、鴨川キャンピングヒルズにキャンプに行ってきます♪

こんな寒いなか、わざわざなぜキャンプに行くのか?それは今年最大の天体ショー、双子座流星群を見るためなのです!! この流星群、ピークは14日の午後2時ごろとされていますので、天気さえ良ければ早い時間から流星が楽しめるはず。しかもピークでの観測予想は1時間あたり80個!1分に1個以上見える計算です。

このイベントに向けて、我が家ではいくつかのアイテムを新調いたしました。まずはこちら、スパイラルホロウバッグ#5。流星観測ですから、寝袋に入ってじっくり夜空を眺めるためには不可欠ですね。コースケは買ってきた日からシュラフで寝てます。ベランダデビューも近い?!



こんなに喜ぶなら、X'masプレゼントにすればよかった(笑)

お次はこちら。ハルタホースの斧、スウェーデン製♪


Hultafors(ハルタホース) スカウト 840025 H006SVHultafors(ハルタホース) スカウト 840025 H006SV
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Hultafors(ハルタホース)

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リーズナブルな価格だったのでこれにしたのですが、刃の断面はこういう形。本当は薪割り用には、真ん中が厚い方がいいらしいですが、まあ初心者ですので。



続いてこちら。キャンプ場で駐車場とサイトが離れている時に備えて、マグナカート MCI♪ 耐荷重68kg! 本体重さは3.3kgと軽量です。


MAGNA CART キャリーカート MC2MAGNA CART キャリーカート MC2
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MAGNA CART

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畳むとこんなにスリムに♪ 車輪が折り畳まれるところが便利。



軽い道具は車に積みっぱなしにするようにしたため、マンションで車に重い荷物を積むときも、これで足りるかも。

さらに!

今たぶん飛脚のマークのトラックに乗ってると思うのですが、これをポチりました♪


ファイアーサイド(FIRESIDE) ファイヤーブラスター FB1ファイアーサイド(FIRESIDE) ファイヤーブラスター FB1
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ファイヤーサイド

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これまでは団扇だったりまな板だったりで炭火をあおいでましたが、これでコントロールできるはず!

これ以外にも、ユニフレームのfun5DX、シルキー・ゴムボーイ(鋸)など、新しいアイテムが目白押しです。
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『大国の興亡』の著者が
第二次世界大戦を斬新な視点で描く!
連合国勝利の根幹には、これまで語られなかった人々の存在があった――。当代最高の歴史家の一人ポール・ケネディが、軍、民間、研究機関といった組織内部で「大戦略」を実行してきた現場に焦点を合わせ、その活躍と技術革新、戦略思想の変遷を描いた全く新しい大戦史!

チャーチル、ルーズベルト、合同幕僚会議の面々が参集したカサブランカ会談において、敵国に無条件降伏を呑ませるという連合国の「大戦略」が決定された。この大戦略を達成するには、ナチスドイツの電撃作戦へ対抗し、大西洋海上交通路を支配し、ヨーロッパ西部から中部にかけての制空権を確保し、日本の帝国主義を打破しなければならなかった。歴史を振り返れば、カサブランカ会談が自動的に枢軸国の無条件降伏につながっているかのように見える。事実、1年足らずのあいだに作戦目標はほぼ達成されたからだ。

しかし、実際の戦況は悪化の一途を辿っていた。連合国はUボートの脅威によって大西洋の制海権を失いかねない状態だった。ドイツへの戦略爆撃は奏功せず、英米の航空部隊は手痛い打撃を被っていた。また太平洋における日本軍との戦いにおいても、難問が立ちはだかった。カエル跳び作戦を実行するには、環状サンゴ礁の島に上陸しなければならない。だが敵が堅守する海岸線に上陸する手段を、米軍は持ち合わせていなかった。

このころ、連合国が克服しなければならなかった難題は山のようにあった。では1943年のはじめから1944年半ばにかけて、形勢を急転させた戦略、作戦・運用、戦術とは何だったのか? 若き日にリデル・ハートの名著『第二次世界大戦』のリサーチャーとして研究を行ったポール・ケネディが、トップリーダーを研究した師とは違った観点から新しい戦史の方向性を打ち出した大作。



第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち
(2013/08/24)
ポール・ケネディ

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原題はEngineers of Victory。「勝利の技術者たち」というところか。文字通り、連合国を勝利に導いた技術者たちの努力の数々に光を当てた力作。著者はしきりに、何か一つのスーパー兵器、スーパー技術者のおかげで勝ったのではない、総合力で勝ったのだということを強調する。その前提として、米英間で枢軸国打倒に向けた大戦略が合意されたところから本書は始まる。

1943年1月にジブラルタルにルーズベルトとチャーチル、および米英の軍事指導者たちがジブラルタルに集まり、会議を行った。ここで決められた戦略は、具体的には以下の3要素。

①英国への輸送の確保
②英国の対独攻撃拠点化
③戦闘の欧州大陸内陸化

要するに、アメリカから英国へ物資をどんどん送り込み、そして英国を不沈空母と化し、アフリカからドイツ軍を追い出し欧州大陸に閉じ込める。

これを理解するだけでも本書を読んだ価値があろうかというものだ。会議があったのは43年の初頭。この直後に、パットン将軍がアフリカ戦線に投入される。連合軍のドイツ爆撃やロシアへの武器供与も本格化する。大西洋でのUボートとの戦いも、大幅な戦力増強により形勢が逆転していく。

著者は北大西洋でのUボートとの戦い、ドイツ上空における制空権確保、地上戦でのドイツ電撃戦への対抗、ノルマンディ上陸作戦を例に挙げ、それらを成功に導いた要素としてヘッジホッグ(爆雷の一種)、P51(長距離戦闘機)、T34(ソ連最強の戦車)を挙げている。太平洋戦争では、アメリカ海兵隊、高速空母群、B29、海軍工兵大隊の登場が日本を決定的に窮地に追い込んだ、と説明している。

確かにこれらの兵器、兵員は枢軸側にはなかったものだ。この差について著者は巻末で「欧米には“奨励の文化”があり、これが新兵器を生み出す原動力になった」と締めている。日本やドイツにも奨励の精神はあったと思うが、それが活かせるかどうかは国力の余裕の成せる技ともいえ。ここについてはあまり深い掘り下げがなかったのは残念。

しかし米海軍工兵大隊(Comstruction Batarion、略称CB)が総勢32万人もいてその8割が太平洋戦線に展開していたとは驚いた。テニアン陥落後すぐにB29が飛行可能になったのもこのCBの働きによるものだ。その中にはニューヨークで摩天楼を作った人や、イーストリバーに橋をかけた人など極めて専門性の高い人もいたらしい。日本だと、そんな経歴には目もくれずただの歩兵にしてしまっただろうから、まさにEngeineers of Victoryのタイトルにふさわしいではないか。

エピソード集としては面白いが、国力の差が人の使い方にどう影響したのか、その技術が実際の戦場でどんな活躍をしたのかの面はちょっと物足りないかも。☆☆☆☆。

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昨日の続きです。大福山から養老渓谷に向かって下っていきます。

自転車で山の中を走っていると、時折大排気量のバイクが結構なスピードで登っていくのですが、危険管理はできてるんでしょうかね。一応舗装はされてますが、道幅が狭いので大排気量車には向かない道です。自分も大型の免許持ってるので分かるのですが、こんな坂道で、例えば下りで突然崖崩れの通行止めに行き当たったら、方向転換はどうするんでしょうか。昔に比べて軽くなったとはいえ、それでも200kg近い車体を押し歩きができる斜度ではないですけどね。この道なら、私だったら125ccのオフロードタイプを選びます。

話がそれますが、私が大型2輪の免許を取ったのはもう30年前で、当時は確か中型免許を取ってから半年以上経たないと大型の受験ができないルールでした。しかも自動車学校では中型免許までしか取れず、大型は試験場で、しかも白バイ隊員が試験官となっての実技試験でした。暴走族崩れみたいな受験者もいましたが、みんなおとなしくしてましたね(笑)当時は貧乏学生で自動車学校に行くお金もないので、小型(~125cc)をまず試験場で取り、その次に中型(~400cc)も試験場で免許を取りました。半年後に大型の受験資格ができるまでの間、普段から試験を意識してバイクに乗っていたせいか、4回目に限定解除しました。左右後方の安全確認、車体のホールドの仕方、加速と減速など、安全に走る習慣付けができたと思います。

今は自動車学校でいきなり大型免許を取ってバイクを買うこともできるらしいので、こういった安全のための習慣を身に付けていくプロセスも省略されている気がします。ある程度のお金と運動神経があれば、時速300キロ出せる大型バイクに乗れてしまう。バイクメーカーにとってはいいかもしれないのですが、最近高速道路で2輪車の事故が多いのはこういうことも関係しているのではないかと思ってしまいますね。

さて、大福山頂上からの下りに話は戻ります。この日はハイカーの人たちもたくさん見かけました。紅葉を楽しむなら歩くのが一番いいですね。次が自転車。養老渓谷駅を通過し、老川の交差点から麻綿原(まめんばら)に登っていく尾根に取り付きます。ここは凄いです。10%前後の登りが約2km続きます。まるでジロデイタリア。この日のコースの中でも間違いなくNo1、八方尾根で言えば黒菱ゲレンデ(笑) 小湊鉄道から遠ざかってもここだけは外せません。ただ大福山とは違い、この道はたまに車が通ります。といっても3、4台ですがw 紅葉を見に来た人たちでしょうか。歩いたほうが楽しいのに。



そして頂上の妙法生寺に到着。ここは紫陽花寺としても有名です。麻綿原は日蓮で有名な清澄山の山系に属しており、ここからは太平洋が一望できます。こんなに海に近づいたわけです。(緑の丸)

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今日は少し雲があったために、いわゆる天使の梯子が海に射すのが見えました。写真でわかりますかね?太陽も丁度この方角から昇るので、初日の出のときもかなりにぎわうそうです。



ここからまた下ります。下りの厳しさは大福山といい勝負。ただし一箇所だけコンクリート舗装、つまり15%越えの箇所があります。ここを下り切ると再び県道に合流、北に向かって上総中野を目指します。上総中野で丁度12時になりました。ここから最後の山場、伊藤大山に登ります。ここ以降は山の中になるのでここで昼食。中野の駅前には飲食店はなく、町の中でもかなり選択肢は限られました。まあ大人の配慮で、どこで食べたかは言いません(笑) 



上の写真は伊藤大山頂上付近の「やまびこトンネル」。この前後は12~14%の斜面です。参りました。ここから大多喜方面に抜けても良かったのですが、脚が売り切れた感じだったので、まっすぐ上総牛久を目指します。それでも時々10%越えの坂が登場、この時間帯になると立ち漕ぎするにも腕の力がなくなってきて、力任せに漕げなくなります。逆にうまく重心に体を乗せる練習にはなりますね。いかに普段のペダリングに無駄があるのか良く分かります。そして上総牛久に到着! 走行距離は79km、獲得標高1,425m。タイムは4時間19分。平均時速は18.1kphでした。もうヘロヘロ(笑)

これを書いているのは翌日の月曜日ですが、今のところ筋肉痛は出てません。多分明日ですね(笑)
1月の本番に向けて、年内にもう一回来ようかな。次回はRUNで、なんちゃってトレイルランでもいいかも。


いつも読んでいただいてありがとうございます。
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