食料・ドラッグ・エネルギー――「炭素」が世界を支配する! 農耕開始から世界大戦まで、人類は地上にわずか〇・〇八%しか存在しない炭素をめぐり、激しい争奪戦を繰り広げてきた。そしてエネルギー危機が迫る現在、新たな「炭素戦争」が勃発する。勝敗の鍵を握るのは……? 「炭素史観」とも言うべき斬新な視点から人類の歴史を描き直す、化学薀蓄満載のポピュラー・サイエンス。



炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)
(2013/07/26)
佐藤 健太郎

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本書はそもそも日経の水曜夕刊の書評でタイトルだけ見て図書館で予約したのだが、読みはじめてみてそのイメージとは全く違う内容だと気が付いた。てっきり炭化水素、つまりエネルギーに関する本だと思ったのだが、対象はより広く、有機化合物がいかに人類の歴史に影響を与えてきたか、というお話だ。

全体が3部に分かれていて、第1部は「人類の生命を支えた物質たち」。とくにデンプンについては、その獲得によって人類の脳が急速に発達したこと、その獲得のために人類が農業を始め、それが文明の発展する大きなきっかけとなったことなどが述べられている。デンプンの化学組成からスムーズに文明論につなげるところは、著者が日頃から化学だけではなくこういった文明論などにも頻繁に接していることをうかがわせる。

その合間に、飢饉と政変の関係とか、「イネ」の語源とか、とにかく背景として語られる歴史の幅が広い。東南アジアの人口密度が稲作に支えられていることや、アイルランドのジャガイモ飢饉がアメリカへの移民を促したことなど、本の帯にもあるが本当に「目から鱗」なお話が満載だ。これを中学生くらいに読ませれば、有機化学好きになること請け合いである。

第2部は「人類の心を動かした物質たち」。ニコチン、カフェインなどが登場。そして第3部では「世界を動かしたエネルギー」。ニトロや石油が取り上げられている。

有機化学が中心ではあるが、唯一の例外はアンモニアだ。農作物に必須の肥料の原料となるアンモニアを空気中の窒素から生成するには、ハーバー=ボッシュ法を用いる。考案したハーバー氏はホスゲンなどの毒ガスも発明していて、それがホロコーストで使われたことはユダヤ人のハーバーにとっては大いに皮肉なことだったに違いない。

最後に、モルヒネの発見に対して著者が述べたセリフを紹介しよう。ただの物知りではないことがうかがえる。

>だが、実のところ熱狂と覚醒は、精神を高揚させるという意味では同じことであり、両者は紙一重なのだ。

サイエンスライターとしての著者のさらなる活躍を期待したい。☆☆☆☆☆。

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