(第1章はこちら→限界費用ゼロ社会 1

オレは突然のコールに覚醒した。
頭の中で時刻表示を呼び出す。
午前2時。
こんな時間にいったい誰だ。


限界費用ゼロ社会。そこは高度にソーシャライズされた世界。人が人とコミュニケーションを取るためには、単に意識の中でその相手を探すだけでよい。

そう、意識の中で相手に語り掛ければコミュニケーションが取れるのだ。もちろん21世紀の電話と同じように、発信番号が表示される感じで誰が話しかけてきているかはわかるし、もちろん居留守をつかうこともできる。

どうやら今日のブログを読んだランナー仲間のマツヤマらしい。悪いけどここはやり過ごそう。どうせ酔っぱらってかけてきているに違いない。それにしてもいったいどこから掛けてきてるんだ。

21世紀にごく初期のソーシャルネットワークが作られた時、あたかもプライバシー自体がなくなるかもしれないと人々は恐慌状態に陥った。実際に一部のソーシャルネットワークやモバイルデバイスの中には、顔面情報などの個人認証情報をあいまいな本人了承で取得し、個人情報をなかば勝手に収集しようとする動きがあった。

例えばデバイスに顔面情報を登録した場合、その情報を業者が勝手に使えば町の中の監視カメラに映るその人を識別できることになる。まさに1億総監視社会だ。そういった被害妄想を掻き立てるような小説まで書かれた。その小説では個人の性生活までが監視の対象となり、それに耐えられず多くの人が自ら命を絶った。(ザ・サークル [Kindle版]

これに対して個人情報にセンシティブなヨーロッパ諸国が個人情報の収集に対して強い制限を掛けた、いわゆるGDPR(※)などの規制の実現により、そういった恐慌状態は沈静化した。(※一般データ保護規則。2016年にEUで制定された実在する規制)

それ以降は相当に明確な形で本人が了承しない限り個人の情報が勝手に利用される可能性は低くなっている。個人の情報が世の中に出回るのは、本人が積極的に希望したときだけだ。

今日もマツヤマは居場所を隠して掛けてきていた。どうせいつものオンナのところだろう。いい身分なものだ。何しろマツヤマは現在ランニングブログ第3位。オレよりも走るのは遅いにも関わらず、だ。

お願いだからまちがっても酔っぱらって彼女との変な写真とか上げるなよ。もちろん公の場に出す情報は入り口で厳しくチェックされるので、あまりに低俗だったり下品な内容は出ていかないんだが。

さらに開示できる範囲にも限りがあって、普通の人はソーシャライズにはFacebookを使う。Facebookは人類最古のソーシャルネットワークだと言われている。それから100年がたったが、当時取り込んだグーグルアドセンスプログラムとAIの自動バージョンアップ機能のお陰で、創業者兼管理人が亡くなった今でも自動的に機能アップを続けて生き延びている。

Facebookでは本人が個別に認めた人しか個人の生活を閲覧することはできない。より広範に自分のプライバシーを発信するためには、Facebookで一定以上のPVを得ていることが必要だ。つまり、全国区に出るために予選があるのだ。

21世紀にも「ブログ村」というポータルがあり、個人が思い思いにつづったブログを世間に紹介する窓口としての機能をはたしていた。ブログ村はいくつかのカテゴリーに分かれていて、そのカテゴリー内でポイント制によりランキングが付けられていた。

ではランキングをめぐる戦いが熾烈だったかというと、実態の貨幣経済が機能していた時代だったのでほとんどの参加者は競争している意識すらなかった。もちろん「村」というだけあって、陰ながら村八分とかは存在していたようだが。

それに対して新時代のブログは「Blog City」というポータルに支配されている。PVという仮想通貨を通じた物々交換がなされているのもここだ。現実の通貨が存在しない今、PVの管理の厳格さはまさに中央銀行のそれに匹敵する。Cityという呼び名もロンドンの金融街「シティ」に由来しているらしい。村といった生ぬるいレベルではPVは管理しきれないのだ。

当然のことながらブロガー同士の競争も熾烈を極める。Blog Cityではカテゴリーごとにブロガーの定員があるのだ。いわゆる「0次関門」というやつである。もちろんクリック合戦などという前時代的な戦いではなく、ブロガーとしての資質を問われる正当な戦いだ。

定員の下位一定数のブロガーは、FacebookでのPVランキングの上位の者と、月1回の入れ替え戦で戦わなければならない。選考方法は「ブログ一本勝負」。制限時間内に制限字数の中で与えられたテーマで入魂のブログを書き、そこに付いたPVで勝負が付く。

そしてオレは今日、久々の入れ替え戦を戦わなければならない。マツヤマのコールは多分その件なんだろう。今のオレにはとにかく睡眠が必要なんだ。

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