「ちょっと上げるか」

10km走ったところでマツヤマが声を掛けてくる。望むところだ。2段上がって3:40で走る。額にうっすら汗をかいてきた。心拍数は130ちょっと。まだまだ余裕だ。

とそこに突然

「イシカワさんですよね?」

と声を掛けられた。いつからいたのか、すぐ横にエアロバイクが並走している。エアロバイクといっても21世紀の室内で漕ぐあれではない。文字通り空中に浮いて走行できるバイクのことだ。

21世紀ではこういった交通機関は歩行者やランナーと分離されていたが、交通事故を無くすために交通機関の質量が極限まで削られた結果、車道と歩道の区別はなくなった。それに仕事自体が無くなったため、だれも急ぎの用事が無くなった。

仕事が長引いてデートに遅刻しそうになる、なんてシチュエーション自体が存在しなくなったのだ。だから交通機関自体もスピードを出す必要が無くなった。もちろん荷物を運ぶトラックはすべて無人化されて、人の目に触れないルートを走っている。

「あんた誰?」

どうせどこかのスポーツブロガーだろう。

こういう連中は自分では走らず、ランナーに取材してそれをブログに書くことでPVを得ている。かつてはスポーツ雑誌という媒体が存在しスポーツジャーナリズムという分野まで存在したが、ブログシステムが発達した結果、これも文明から消滅した。今は誰もがパブリックに意見を発信できる時代なのだ。

「私はスポーツブロガーのトバリって言います」

一般市民などという存在がありえないように、一般スポーツなんていうスポーツも存在しない。自ら汗をかかない彼らスポーツブロガーは、つまりはPVのためだけにブログを書いている連中であり、我々のようなプレーヤーからは一段低い存在と言える。

プレーヤー自ら発信することが少ない時代にはこういったブロガーも存在価値があった。ブロガー≠プレーヤーの現代では本来は不要な存在である。ちなみにフィギュア観戦ブロガーは純粋に自分たちの楽しみのために大会を観戦して、その結果をブログに書いているので、スポーツブロガーとは位置づけが異なる。

「なんか用?今、練習中なんだけど」

「イシカワさんは今シーズンついに2時間を切りましたよね。その辺のお話をちょっと」

またその話か。
そんなオレでも入れ替え戦なんだよ。
いまどきサブ2なんて珍しくもないんだよ。
まったく。同情するならPVくれよ。

もちろんそんな気持ちはおくびにも出さず、こういった手合いは取り扱いを間違えると面倒なので、できれば丁重にお断りしたい。

「自分も歴史上のランナーに名を連ねられて嬉しいっス」

「それだけですか~? 2時間切った秘訣とかないんですか?」

「ないです。ただ黙々と練習してきただけです」

「なんか、特別なシューズとか、履いてません?」

ギクっとした。そのことに気付いている奴がいたのか。いや、こいつははったりをかましているだけだ。絶対にバレるはずはない。

「何を言ってるんですか。そんなもん、そもそも手に入らないでしょ」

そうなのだ。21世紀にずいぶん流行り、その効果の高さから「ドーピング」とまで言われたシューズがいくつか存在したのだ。しかしあまりにも効果が出過ぎたため、ルール変更が行われ、そもそも現代では生産自体がされていない。

「ああ、まっ、そうですよね。やっぱり疲労抜きジョグの効果ですかね~」

「そうですね。今シーズンは疲労を残さないことをテーマにしてましたから」

これは事実だ。最近通い始めたアスリート向け鍼灸院の先生からは、疲労抜きジョグの重要性を耳にタコができるくらい聞かされている。それは説教というより、洗脳に近かった。でもそのおかげで今シーズンはついにオレは2時間切りを達成できたのだ。

ということにしておこう。

それにしてもあのトバリってやつ、少し気を付けなければ。
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