約30kmのビルドアップ走を終えたオレたち。とりあえずマツヤマの部屋に寄ってシャワーを浴びる。それから昼飯だ。

ランチはオレのスポンサーになっている「松屋」。高級和食店だ。全盛期では安い昼飯を食べさせる店だったらしいが、限界費用ゼロ化の際にベーシックインカムの仕組みにいち早く対応し、外食のトップ企業になった。もちろんベーシックインカム対応の店舗も「MATSUYA」という名称で健在だ。高級店である「松屋」はPVでのみ飲食ができる店なのだ。

店に入り支配人に席を頼む。

「いつもの席でお願いできますか?」
「実は今日は・・・」

支配人が言葉を濁す。

「ああ、いいですよ。別の席でも」
「ほんと、申し訳ありません」

厨房入り口横の席に案内されるときにいつもの窓際の席をちらりと見ると、そこは「素敵奥様」カテゴリーのご婦人方に占拠されていた。限界費用ゼロ化以降、ブログを書くことがある意味正当な労働と同等に位置づけられた結果、彼女たちの家庭内での地位は激的に変化した。

それまでは専業主婦として曲がりなりにも亭主に遠慮しながらブログ活動を行ってきた彼女たち。限界費用ゼロ化で一家の大黒柱に昇格。こういった高級店で昼間から食事をすることもブログネタになり、PVの拡大再生産が続いている。その効果は貨幣経済における中央銀行の信用創造効果に匹敵する。

それに比べるとマラソンランナーなんて一人で汗をかいて一人で満足しているだけだ。奥様の信用創造のような経済への波及効果はほとんどない。そもそもランナーの人口自体が少ないのだ。それに対して成人した人類の役半半分は素敵奥様およびその予備軍だ。読者の裾野が全く違う。

このカテゴリーのトップブロガーは人工衛星まで持っているという噂だ。そんなものいったい何に使うんだろう・・・ 世界の素敵奥様情報収集・・・・とか?

オレたちは少し背中を丸めながら席に着いた。

「オレはプロテイン三種盛り」
「あ、じゃあオレもそれにするわ」
「ステアじゃなくてシェイクで」

お前はダブルオーセブンか。プロテインをステアで飲む奴はいないだろ。

この店ではカラダ作りのためのプロテイン三種類を同時に盛って出してくれる。ちなみに味は全部和風。

「お前、さっきの話・・・」
「え、シューズのこと?」
「そう。ヤバくない?」
「いやいや。普通に走っただけだし。そんなシューズ持ってないし」

22世紀ではマラソン大会そのものが無くなっていて。原則全部単独走で記録を取る。単独だと記録が出にくそうだが、そこはバーチャルトレーナーが一緒に走ってくれる。もちろん他のランナーとリアルタイムでバーチャルに競い合うことも可能だ。

だから変なシューズを履いていても、発覚しないケースもある。というかそんなシューズ自体が手に入らないので、監視とかもされていない。PVも所詮仮想通貨なので社会全体が性善説なのである。

もちろん違反シューズといってもモーターが入っているわけではなく、単にランナーの持つ力を効率よく発揮させる形になっているだけなので、そんなに大幅なスピードアップも期待できない。それに効率がよすぎて、使った後は脚に大きなダメージを受ける。何週間かは普通の状態に戻れないくらいである。

「マツヤマは相変わらず調子よさそうだな」
「ブログがか?ランニングがか?」
「もちろんブログだ。ランニングだけ調子がよくても意味ないだろう」

マツヤマはブログシティのランニングブログランキング上位1桁の猛者だ。ランニングはそれほどでもないが、その語り口のうまさで人気が高い。

「ふっ、ブログか・・・・」
「なんだ、ランキング高いのに贅沢な」
「体験が薄いのに文章書かないといけないのもけっこうつらいんだぞ」
「そこをカバーするだけの感性がお前にはある」
「感性ねえ・・・」

そんなよもやま話をしたあとに、松屋を出てマツヤマと別れ、オレは家に帰った。そうしたら、シティの事務局からテレパスが入ってきた。
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