墓石の墓碑銘は「キミヨシとトモコ 愛をこめてここに眠る」。

そう、曾祖父さんの名前はキミヨシ、奥さんはトモコ。
墓石の下から現れたのは、曾祖父さんと曾祖母さんの骨壺。そしてボール紙の箱が一つ。
箱には「NIKE VAPER FLY」の文字が。

これが21世紀に世界中を席巻したフルマラソンサブ2専用モデル、ナイキヴェイパーフライだ。イシカワ一世の遺品だ。スピードランナーには薄底という当時の常識を覆した厚底。極端に前に傾いたソール形状、そしてヒールにはアウトソール自体が無い。

世界記録レベルだけではなく、サブ3を狙うランナーの間でも大人気を博したモデルだ。今のオレのコンディションでもこいつを使えば2時間切りは固い。100年前のモデルだが、幸いにも保存状態はよく加水分解も全くしていない。ナイキというメーカーの良心をここに見るかのようだ。


オレはシューズの箱を取り出すと、墓石をまた元に戻そうとした。その時、突然一陣の光がオレを照らし出した。

「イシカワさん、そこまでです!」

そこにはスポーツライタートバリの姿があった。その後ろにはカメラを構えた別の男の姿もある。発覚した衝撃から、脚が震え始める。目の前が回る。オレのPVが、ブログが、マラソンが。

「これが噂のヴェイパーフライですか。まさにご禁制品だ」

「ぐ、ぐぬぅぅぅ」

「それをこっちに渡してもらいましょう」

狡猾なスポーツブロガーのことだ。もうオレの姿はどこかに伝送されて、動かぬ証拠になっているに違いない。ここで抵抗しても意味は無い。

「こんな手段で勝って嬉しいですか?イシカワさん」

「こんな手段と言っても、生物学的には何の問題もないんだ。ランナーとして恥ずるところではない」

「強気ですね~。でもいつまでその強気を通せるかな?普通のシューズで2時間切れるんですか?」

「お前には関係ない。それにこの告発をブログでする気か?他のブロガーの批判記事は自動削除されるんだぞ」

「いいんです。あなたが普通に走ってそれで2時間を切れなかったら、その時にこのことを記事にします」

「事実だから批判にはならないという事か。卑怯者」

「ま、健闘をお祈りしてますよ。ちょっと中身を拝見」

トバリは箱のふたを開ける。

「あれ?」

どうしたのか。中身が入ってないってことはない。つい先日も2時間切りの時に履いたばかりなんだ。

「何も入ってないですよ。どこにやりました?」

そんなこと言われても知らない。どのみちもうオレが履くことはないのだ。試走まであと3日。オレは普通のターサージール100で記録に挑むことになった。

ちなみにこのターサージールも100年前から続いているモデルで、今履いているのは100年目記念モデルだ。
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