とか大そうなタイトルを付けてしまったが、大そうなことを書くつもりはない。今日は久しぶりに休日にゆっくり時間を取って走れた。とはいえ、10m以上の強風が吹き荒れる中だったので、結構つらかったんだけど。

朝8時過ぎにコースに出たら、いきなり向こうからhassyさんが勢いよく走ってきて、そのまま勢いよく走り抜けていった。勢いのある人は違うなあ(笑)

自分は明日の養老渓谷でみんなの足をひっぱらないように、今日は疲労抜きに徹することにして、キロ7くらいで淡々と走る。いつものコースを往復10km。本当は20km走りたかったのだが、明日の朝脚が重いと嫌なので控えめに。

なにせ、先週の土日は這うようにしか走れなかったオレ。普通に疲労抜きジョグができるだけでもありがたい。先週の今頃は、果たしてまたサブ3に挑戦できる日が来るのかと訝りながら走っていた。

そういえば、古河はなももをDNSしたとき。もうちょっと今シーズンのサブ3を逃したことで、残念に感じたりとか、またもう1年練習を続けなければならないことでガックリ来たりとかするかと思ったら、全然そんなことはなかった。

そして今日、ある意味シーズン中のように普通に疲労抜きジョグをやりながら、ああ、やっぱりこの充実感があるなら、今年1年も頑張れそうだと思った。ここから1年間、また毎月毎月300km走るとか、気が遠くなるような日々が始まるわけなんだけど、目標に向かって着実に積み上がっているという実感さえあれば、この程度の単調さは全然平気だ。

それよりも、自分の人生のこの期間に、相変わらず記録に向かって努力をし続けられているという実感。これが何よりも自分の日々の暮らしに大きな裏付け、大きな自信を与えてくれている。自分はただのサラリーマンじゃないぞ、みたいな。

これでもし走るのをやめちゃったら、どれだけ自分の生活から裏付けとなる自信が失われることか。走っていることそのものとか、記録を目指しているというそのものにそんなに価値があるとは思わないが、記録を目指して自分を鍛え続けている、努力を継続しているという事実。このなんと力強いことか。大半の普通の人はそんなことをしながら生活を送ったりはしていない。

もちろんだから特別なんだということではないです。自分は大丈夫なんだ、1人の人間としてちゃんと歩き続けている、という実感ですかね。肩書とか経験とかもろもろ関係なく。定年が近づいて社会的存在価値が下がってきていると実感するからこんなこと感じるんだろうか(笑)

で、タイトルですよ。改めて、自分のランニング生活というのは、自分にとってそういう大きな裏付けを与えてくれているものだと実感。だからそういう気持ちをブログに書きたい。ただ単に走ったら気持ちよかったです、という単純な感情を越えるものをちゃんと書きたい。だからこれまで多少煙たい感じを醸し出しつつも、ブログを書き続けてきたんだなあと改めて思いました。



それはそうと、今日走っているときに妙な感覚に襲われた。突然、今が西暦何年なのか、平成何年なのか分からなくなった。ガーミンの平均ペースは6分50秒くらいを指してるけど、あれ、いつも疲労抜きジョグってどのくらいのペースで走ってたっけ? ていうか今日は何月何日だ?そしてその後は、最近見た夢のイメージが次から次に頭の中に出てきては消えて。

なんか老人性痴呆の1症状である見当識にも似てると思ったけど、名前はちゃんと思い出せる。脳梗塞かと思って両方の頬を自分でつねってみたけど別に麻痺もしていない。自分がいる場所もちゃんとわかっている。

で、家に帰ってシャワーを浴びたら、頭の中に今年が2018年で平成30年だということがよみがえってきた。ああ、あれはやっぱり何か脳の発作だったんだろうか。ちょっと気持ち悪かった。

そして明日はいよいよ養老渓谷菜の花マラニック。約10名の方からご参加希望を頂戴しておりますが、ドタ参加全く問題ありません。明日は風も収まって絶好のマラニック日和になりそうです。明日の予定がぽっかり空いたあなた、午前9時に内房線五井駅に来てください!

なお、9時1分五井駅着の電車があるので、それでも全然OKです。
詳しくはこちら。→

それから例年、黄色い服で来られる方が多いですが、違う色でももちろん問題ありません(笑)
20170918ブログ村