やっぱり昨日の30km走のダメージは相当で、夜中にそうとうイビキをかいていたらしい。朝起きたら腰回りが強烈にダルかった。夕方疲労抜きジョグをしたものの10kmしか走れず。今月の300kmに赤信号。



先日、豊洲のららぽーとで、すらりとした体形で颯爽と歩くママ三人組を見た。まとっているオーラが半端ない。芸能人みたいなギトギト感もなく、容姿にも恵まれ、しかもさぞいい環境で育ったんだろう。そういう雰囲気が満点だった。

ビジネスの場でも、この人のマネは絶対にできない、と思わせるような空気をまとった人に会うことがマレにある。あらゆる一挙手一投足がカッコいい。目が離せない。話している内容もメチャメチャ面白い。さらにいうと余裕がある。

これは到底まねできないなというものにはいろんな種類があるんだが、努力だけで身に付けたわけではないんだろうなあと思わせられる要素も含まれている。人間が発揮する様々な能力は、大きく三つに分けられると思う。自分が努力して身に付けるもの、他人が身に付けさせてくれるもの、先天的なもの。

背が高い、手足が長い、筋肉質、やせ型、色白、なんていうものはほとんど先天的、遺伝的なもので、本人が努力してどうなるものでもない。もちろん性差もそうだ。死ぬほど頭がいい人も本人の努力というよりは先天的なものの割合が多いと思われる。

所作、言葉遣い、礼儀、作法、なんていうものは、結構育った環境の影響が大きい。裕福か貧乏かではなく、親の意識の影響が大きい。本人の努力も多少はある。

でも先天的なものだけで人間が魅力的にはなかなかならない。背が高くて顔が整っているだけでは魅力は感じない。やっぱり他人に対する思いやりとか、慎み深さとか、包容力とか、愛嬌とか可愛らしさとか。でもこうやって書いてみると、こういう性格的なもののなかにも先天的なものはありますね。生まれながらに持っている魅力っていうのもある。一方で、頭良過ぎて嫌味な奴もいるし、生まれながらにひねくれものもいる。



ダラダラ書いてきたが、努力では埋めきれない先天的な素質の個人差は存在する。いくらねたんでもやっかんでもどうしようもない。その差は認めるしかない。本人が努力したわけでもないのに不公平だ、と言ってみたところでしょうがない。

逆にそういうものに恵まれた人は、そういう授かったものを存分に活用してほしい。せっかくもらったのに活かさないのはもったいない。どんなに努力したって手に入れられない人もいるんだから。マラソンでも、最初から速い人いますよね。そういう人にはどんどん速くなってほしい。

何でこんなことを書いているのかというと、例の財務省のセクハラ事件で、女性記者の仕事の仕方が話題になった時に、「女性だから取れる仕事もある」という意見と「そういう要素があるのは既に差別だ」という否定的な意見の双方があった。

肯定的な意見を言う人が「オンナを使う」という表現を使ったので大きく失点していたが、自分は仕事上で女性としての魅力を発揮してそれを活かすことに対しては肯定的な立場だ。だって、例えば取引先の担当が魅力的な女性だったら楽しいじゃないですか。それだけで得した気がする。

この話が誤解されがちなのは、どちらかの当事者がプロではない場合、プロ意識が低い場合があるからだろう。相手が女性だからと言って、女性の魅力を性的な意味でしかとらえられないとか、ビジネス上の判断に相手に対する個人的な感情を交えるとか、そもそもリスペクトがないとか。

そうそう、我ながらいい言葉を使ったのでついでに書くと、セクハラって相手に対するリスペクトがあるかどうかだよね。

一方で、女性の方も不必要に思わせぶりな言動を取るとか、自分の魅力を性的な意味でしか発揮できないとか。ここでの肯定的な意味をそういう低次元の話と混同されては困る。もちろん先天的なものをただ自慢するのも相当品が無いけど。



でも若いうちは肉体的なもの、外見のウェイトが高いが、歳を取るにつれて内面のウェイトが高くなる。何をやってきたか、何を考えてきたかが表ににじみ出る。いつまでも先天的なもの、外見的なものにしがみついて残念な歳の取り方をしている人も多い。

まあこんなこと、みんな分かってますよね。例えば芸能人でもアイドルから本格派に脱皮するのに苦労している人多いですよね。天賦のものをいつまでもあるもの、自分の実力だと勘違いしてそこに安住していると、ある日突然仕事が無いことに気付く、みたいな。

一般人でも同じことがあるんじゃないだろうか。例えばプレーヤーからマネージャーへの移行とか。本当はプレーヤーのうちにマネージャーの素養も身に付けているべきだったのに、プレーヤーやるのに精いっぱいだったとか。

プレーヤーやってるときに、自分の上司のマネージャーの立場にも配慮していれば脱皮するのは簡単だったはず。次のステップへの移行って意外とそういうことなのかも。ま、一生懸命やってれば、なにがしか自分の中に積みあがっていくと思いますけどね。

社会人としての年輪の積み重ね方にまで話が及ぶともうきりがないですね。話を元に戻すと、まあ分かりやすく言えば、天賦のものでちやほやされるのを楽しむ瞬間も大事だってことです。それを凡人のオレはまぶしく眺めさせてもらいます。憧れは大事だけど嫉妬は自分を滅ぼす。

てなことを考えた9連休2日目でした。

本日の走行距離:10.0km
今月の走行距離:264.0km
本日の最低体重:60.3kg
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