新婚のRyoさんがギリシアでトラブルに会い出国に手間取り、ドバイ経由しているはずがいつの間にかバンコクにいるというので「まさかスワンボートでドバイからバンコクへ?」という時代錯誤な質問をしてしまったものです。(本当に知らない人は「ロッコツマニア スワン」で検索)




今日は台風襲来後初めて出勤したわけだが当然話題は台風のこと。ま、仕事柄話題の中心は長野の車両基地の話ですけどね。それはさておき、東京、というか江戸城がいかに水害から守られているかという話になった。

今回の台風では赤羽にある岩淵水門が閉じられたらしい。それからあまり語られていないようだが、荒川に流れ込む川には全部水門が付いていて、いざという時は流入制限をかけるらしい。ホントかよ。とにかく、全てが東京方面を洪水にしない方向で整備されている。

何よりも荒川自身が墨田川の放水路だし、もっと大きく言えば利根川は江戸川の放水路だ。それも何百年も前に東京がまだ湿地帯で海も陸地もごっちゃまぜの頃から埋め立てして陸地を作って洪水になって、というのを繰り返していたころからの治水計画だ。

地下神殿や八ッ場ダムも注目を集めてますが、こういう自然災害を封じるためにこれさえやっとけば大丈夫という万能薬はないはず。ほんの数年前に国の予算を見直してどうこう、などということとは全く違う歴史のスケールで対策を積み上げる必要があると思う。

ああ、こう書くと誰かを擁護しているように見えるがそうではなくて、そう言えばあの時もこの治水計画には1000年かかる(からやっても無駄)みたいな声があったけど、都市基盤の整備という観点で言えば治水ってそのくらいのスパンでやるもんなんだと思った。



というのが、今回東京ではほとんど冠水が起きなかったのをみて腹に落ちた。こういうのを社会資本って言うんでしょうね。一朝一夕になんてやるのは無理だから長い年月をかけてとにかく「コツコツ」やる。その長い歴史の恩恵を今われわれが受け取る。

都心(=江戸城)から離れるにしたがって、残念ながら整備の優先順位は落ちていく。もちろん都心から離れたからと言って治水の重要性が下がるわけではないが、整備が進むにはさらに長い年月がかかる。都心は人口が密集しているので1人当たりの負担も少なくて済む。

そうして大きな方向感、それこそ百年の計みたいなものに沿って地道に整備していくと、少しづつでも住みやすい環境が整ってくる。世の中に土木工事みたいなことがいつごろから始まったのかは知らないがせいぜい2千年くらいでしょうか。その歴史の中での5百年とかいう時間だから凄い。

田舎に住むのには理由があり、都会に住むのにも理由があるが、大都市が故の便利さとか、災害時の費用なんかも含めた相対的な居住コストの低さ、みたいなものを感じました。過去に徳川幕府がずいぶんお金を注ぎ込んでくれてんだもんね。

もちろん足元の防災への取り組みは大事だし、首都圏から離れれば罹災してもしょうがないということではもちろんありません。



とはいえ、過去の災害被害の目線が次第に上がってきていることも確かなので、今の社会資本がいつまで通用するのか。今回たまたま大丈夫だったからと言って次も大丈夫とは限らない。赤羽あたりで土手が決壊すると丸の内まで全部水浸しになるというシミュレーションもあるようだ。そしたらこんな戯言言ったことを後悔しているかも。

ま、そもそも自分が住んでいるのが旧江戸川と江戸川放水路の間のデルタ地帯なんで、いざとなったら東京のためにオレが盾に・・・ もし浦安が水没したら、あとは江戸川区のみなさんにお願いしよう。頼むよ!フジヤマさん、ユーリさん!(笑)

本日の走行距離:10.0km
今月の走行距離:122.5km
本日の最低体重:60.5kg
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