先日の日曜日、湘南方面に県外からクルマが押し寄せて渋滞になったというニュースがありましたね。いずれも批判的な取り上げられかたでした。一方でラジオでちょっと聞いたのは「彼らは間違ったことをしている気は無いのでは」という意見でした。

今のところ明示的に回避を呼びかけられているのは3密であり、クルマの中にいる限りは3密は回避できていると。外出自粛とは言われているがクルマの中にずっといれば感染を拡大する可能性は低いと思っていても不思議は無いという話でした。

確かに、という気がします。もちろん外出自粛の呼びかけには反しているわけですがもしかすると感染させたり感染するリスクをちゃんと考えた上なのかもしれないし、そもそも行政側の広報の仕方が良くないのかもしれない。




市民ランナーが大好きな川内優輝さんもこんなことをつぶやいてました。というか情報還元ですね。各国のランニングに対する規制の状況をまとめたものです。

このウイルス感染リスクがある中でランナーとしてどう振舞うべきか。ツイッターやブログを見ているといろんな意見を目にします。そして皆さんの言っていることもそれぞれ微妙に違う。

SNSではよくあることですが、意見が微妙に違うことで、他の人の意見を否定することになってしまう場合があります。発信する人は否定するつもりは無くても、受け取る側が自分の意見が否定されたと思うわけです。

これは微妙に立場が異なる人が一斉に意見を言うSNSならではのことで、以前から気になる時がありました。そこで皆さんの意見にどんなものがあるのか整理してみました。もちろんこれで全部拾えているわけではありませんし、これを書くことで拾えていない人の意見を否定することになる可能性もありますが、それは全く本意ではないので優しくコメント頂ければ幸いです。

またこの分類はあくまでも「社会から受容されるために」という視点から見ています。実際に感染させるかどうかという視点は、当然私は医学には全くの素人ですので今回は含めていません。これは、このような感染リスクがある中で、今後もランナーとして受容されるためには何をすべきか、という趣旨です。

先日の某芸人の意見もニュースで取り上げられていたのを見ました。もし世間で不心得なランナーがたくさんいれば、現在のような異常な事態では、そういう些細なきっかけで一気にランナーが社会に受容されなくならないとは限りません。

大げさかもしれませんが、考えるのはタダなので少し具体的に書いてみます。




いろんな意見を見ていて、一番大きな分かれ目は「そもそも今走るべきなのか」という点。こんな状況なのだからそもそも走ることはやめるべきというのが、ある意味もっとも一方の極に振れた意見だと思います。これに対して走ることは認められているのだから走りたい、走らせてほしい、走って当然だ、などなど、走ることは許容されるべきという意見があります。

前者は、こんな状況だから走るのは控えないとそもそもランナーが社会的に受容されなくなる、というご意見でしょう。これは十分に考えうることです。実際に上のツイートのように、他の国ではランニングは許容されているという理由でランナーが走り回った結果、ランニング自体が禁止になったり厳しい制限を付されたケースもあるようです。ランナー以外の人たちからも「まったくランナーってやつは」という厳しい見方がされたであろうことは想像に難くありません。

一方で、走る事は許容されるべき、許容して欲しいと考えるランナーは、これも2種類に分かれます。一つは「許容されているのだから周囲の目は気にせず制限なく走る」という方々、もう一つは「引き続き許容されるように自分たちでなんらか制約条件を自ら設けるべき」という方々です。後者の制限についても、今は「マスク等を付けて走る」という方々と「社会的距離を確保して走る」という方々に分かれるようです。他にもあるかもしれませんが、私が見た限りではこの2種類でした。

ちょっと複雑になってきたので図にしてみます。
マスクと距離
縦軸が距離戦略の要不要、横軸がマスクの要不要です。この場合「不要」とは、そんなことをしなくても社会的には受容されるという積極的な姿勢もあれば、医学的には意味ないからやらないという消極的な姿勢の双方が含まれます。

「必要」には、社会的にはこれをやらないと納得を得られないという積極的態度が含まれますが、医学的にも必要であると必ずしも考えてないケースもあるようです。マスクを付けることが実際に感染の予防になるかどうかは諸説あり、必ずしも決着していないと思われます。(いや決着しているという意見もあるかもしれませんが)

どっちでもないのが真ん中です。

さらに付け加えると、これは所詮我々ランナーの間での議論、つまりこの議論の受益者の立場からは離れられませんので、ここで書いているのはあくまでも「ランナーが期待する、一般市民の受容性」に関する議論だと言えます。その目線で見て頂ければ幸いです。



各々の番号の位置が示すところですが、自分は実は①です。基本的には距離戦略さえ保っていれば、マスクはどっちでもいいかな~って思っています。

続いて②です。②は距離戦略にはニュートラルですが、マスクが無いと市民から拒絶されると考える人たちです。この人たちは距離戦略について意見を表明してない場合が多いのでこういう分類になります。

③は距離戦略自体に意味がなく、マスクを付けないと受容されないと考える人たちです。④はその逆で距離戦略もマスクもどちらも必要であると考える人たちです。

それに対して⑤という人たちがいます。これは走るときにはマスクを付けないことは市民に理解されており、よってマスクは付けず距離戦略で対応したい、という人たちです。あるいはマスクは苦しいし医学的にも意味が無いんだから距離戦略だけで勘弁してよという人も含まれるかもしれません。

そして最後⑥が、マスクなんて走るときに付けられないし、社会的距離もお構いなしという人たちですね。違う何かで市民に受容されようとしているのか、あるいはそもそも市民に受容されなくてもいいと思っているのか。

こうしてみると⑥はともかくとして、③と⑤は目的は同じでもお互いに違うことをやっていると思うかもしれないですね。



と、ここまで書いてきましたが、これを書いた目的は、色んな意見を言う人は微妙に異なる立場から発言していることをお伝えしたかったということであって、なにもみんなの意見を統一しようとか、特定の意見が正しいということを言いたいということではありません。

おのおの持っている情報が違います。いわゆる情報の非対称性ですね。非ランナーとの心理的な距離もそれぞれ異なるので考え方も違って当然です。SNSを発信するときにそういう背景情報が全て説明されるわけではないので、その意見に接した人の間で誤解が生じることもあると思います。その誤解が感情的なものにつながっている場合もあると思います。

さらに言えば、私の説明で全ての状況を拾い上げられているとも思いませんが、みんなそれぞれの背景があることを少しだけも気にかけて欲しいと考えています。そしてランナーの間で無用な感情的行き違いが起きることを避けられれば幸いです。たぶん社会的に受容される必要性についてはみな同じ意識だと思います。何よりマラソン大会は社会的に受容されないと開催されませんから。



こういった緊張した状況下、ランナーも非ランナーも通常よりも色んなことに過敏に反応しがちです。いろんな意見の背景の事実を理解することで少しでも心安らかに過ごせれば、多少でも閉塞感を解消できればそれに越したことはありません。

このような状況下でも、ランナーに対する非ランナーの理解が得られることを期待しています。この目的に違和感を持つ人はそんなにいないと思われます。みんな目的は同じだけど、そのための手段がちょっとだけ違うだけなのではないでしょうか。

忘れていました。図の十字線の交点の人がいます。こういう人は、まあ要ると言われればマスクもするし距離も取るけど、自身としてはそんなに明確な意見は無いよ、という人たちですね。実はここが一番多くて、このブログはわざわざ寝た子を起こしている可能性もあるということには留意しなければなりませんね(笑)

大半がそういう方々で、むしろ面白がってこのブログを読んで下さっていることを期待しています。長文を最後まで読んで頂いてありがとうございました。


Buffといればこれでしょう。
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