量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

カテゴリ:●RUN&RIDE > ランニング懐古録

今朝は休日にもかかわらず朝ラン15㎞!
酒飲まないと夜やることがないのでさっさと寝る。
すると早く目が覚めるので、とりあえず走る。
すると夜早く眠くなり早く寝る。
すると(以下略

昼は昼とて、公園でバトミントンやろうと勇んで出掛けたものの、風が強いのでこーすけと読書。パパはツイッター?(笑)





と、とっても健康的なキミニコフですが、
少し右の腰に張りがある。
今週はちょっと詰めて走ったせいか、
時々こうして右の腰が張る。

原因はわかっていて、右の腰骨のどこかが
すこしすり減っているのだ。
それはひとえに、30代にやり過ぎたゴルフのせい。

30過ぎのとき、2年間それこそ毎週土日に練習に行っていた。
下手すると、早帰りした平日の夜も。
とはいえ一回の練習で打つのはせいぜい100球。

仕事もめちゃくちゃ忙しく、
土日の朝練習してから会社に行っていた。
もしくはラウンド。
ラウンドでも100球は打つw
よって年間の打球数は1万球。

ゴルフって意識の上では左半身リードで打つのだが、
距離を出そうとするとどうしても右半身は屈筋を使う。
屈筋を使うのはランニングでも故障の元だと思う。
このおかげでゴルフやってる頃はいつも右腰痛に悩まされていた。

そのころのベストは42+40=82
そのあとも80台はたまに出たが、
80台前半はこの一回だけ。

☆☆

このゴルフに熱中していたころ、
住んでいた社宅の駐車場が空いたので車を買った。
そしたらある日突然、球がまっすぐ飛ばなくなった。
というよりはクラブにまったく当たらなくなった。
今思えば、ただでさえ少ない歩行距離が、
車を買って全く無くなったので、
スイングの土台がガタガタになったんだと思う。

しかしその頃は喫煙者だったし、
立て直すためのランニングなんて思いつきもしなかった。
というか、スポーツで足腰がこんなに大事だなんて理解してなかった。

ラウンドしても、15番ホールくらいまでくるともう息も絶え絶え。
それから10年以上たって、
ランニングするようになってからラウンドした時は、
最初から最後までカートにも乗らず、
ずっと走っていた。
しかも帰宅後、また走りに行ったりして(笑

足腰がしっかりすると、ドライバーやアイアンは球筋が安定する。
30代のときより40代のほうが、道具のおかげもあるが
こんな細い体でもドライバーは飛んでいた。
お蔭で友人と回っても、第2打を打つのはだいたい最後。

☆☆

でもゴルフは健康にいいというが、
普段ほとんど運動をしていない人が、
週に一回だけあんなにごく短時間に
筋肉を収縮させる運動をして健康にいいはずがない。
左手が腱鞘炎になっている人も多い。

特にさっきも書いたが、ゴルフは屈筋を多用せざるをえない。
ランニングでも屈筋で走ることもできるが、
自分はランニングではできるだけ伸筋を使うようにしている。
フォーム見直しの一つの目的でもあるのだが、
それはゴルフのこの痛い経験でのフィードバックでもある。

自分も最後にラウンドしてからもう2年。
会社で誘われても50肩を理由に断っているw
肩は本当に痛いけど。

でもランニングとゴルフには一つだけ共通点があって、
それは思い通りに行った時の気持ちよさ。
ゴルフだとドライバーで限りなくストレートに近いドロー、
マラソンだと20㎞過ぎの恍惚感。もしくはネガティブスプリット。
自分の体を思い通り使って、思い通りのことができる快感!

ゴルフから遠ざかって、家ではキャディバッグが無用の長物に。
しかし自分ももう51歳。
自分の会社においてはそろそろ出向年齢。
いった先でゴルフやることを求められる可能性もある。
そんなわけで、処分できないでいるのだ。

いや、「一緒に走りましょう!」と言われるかもしれないが(笑
あるいは、職場で風俗に誘われるかもしれないが(笑

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さすがに50代だと風俗には誘われないよとおもったあなた、
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流行なので小生も。


マラソンランキング2014

ちなみに昨年は6462人中1001番だったので、4割改善。
横浜が対象大会だったら・・・ 
でも短かったし・・・



さてさて、オヤジがドヤ顔で昔の苦労話をするシリーズ、その2。
ウザいと思った人はポチっとしてから閉じて(笑)

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タイトルにも書いたが、ゼリー、あるいはジェルっていつ頃から一般的になったのか。
もともと40年くらい前は運動中に水を飲むのはご法度だった。
体液が薄くなって逆に疲れるとか、本気で信じられていた。
でもそういわれると不思議なもんで、水を飲むのに罪悪感があった。

ちょうど高校生のころに、ポカリスエットが登場。
これは画期的だった。水はだめだけどポカリはいい。みたいなw
この頃からスポーツへの科学的アプローチが庶民にも伝わり始めた気がする。

当時のマラソン界で活躍していたのは宗兄弟。
兄の茂が日本で初めてサブテンをやったのもこのちょっと前。
テレビで見ていて、スペシャルドリンクを取る姿がカッコいい!と思ったような気がする。
いや、定かではありませんよ。

それから20年後に自分も初めてフルマラソンを体験するわけだが、
当然のことながらスペシャルドリンクはなし。
給水所には基本的に水しかなかった。
たまに気が利いた大会だと、ミカンがあったりとか。
今の給水所は本当に充実してますよね。
ジェル持たなくても最後まで走れるかも。

そう。昔はジェルなんて便利なものはなかったのだ。
じゃあどうするのか。
水だけでゴールまで突っ走るのだ。

だから直前1週間の食事は本当に大事だった。
最近はアマチュアがやるのは否定的になっているカーボローディングも、
月刊ランナーズなんかでも普通に推奨されていたような・・・

よって、うまくいったレース=ゴールまで電池切れにならないで走りきれたレース。
ネガティブとかそんな贅沢は言ってられなかった。
それだけに、走りきれた時の達成感はひとしお。
今だとウルトラがそういう位置づけになってるかも。

初めてでたフルマラソンはつくばマラソンだったが、
30km過ぎから意識がもうろうとしてきた。
もうとにかく辛くって。
最近も30㎞過ぎは辛いが、あれはどっちかといえば脚。
昔のはほとんどハンガーノック。
(そういえばつくばマラソンって昔は周回コースだった。
今年からまた周回にもどるらしいですね)

一度、ランパンのポケットに飴を忍ばせて走ったことがあって、
25kmくらいで食したのだが、バテ方が全く違ってビックリ。
それが2002年の荒川で、3時間39分だった。
高橋尚子がCMに出ていたVAAMも缶入りはあったが粉末はなかったような。
ポカリの粉末はあったけど、それ持って走ってる人も見たことなかった。

ここ数回の大会では自分はたのくる師匠おすすめのレッドブルを
YURENIKUIに挿した500mlボトルに入れて走っている。
ZAVASピットインジェルも2本溶かしているので、
給水所では水しか飲まない。
でもこれで十分ゴールまで走り切れる。
重さが気になったことはない。
ゴールでは残っていることが多いので、400mlほどでもいいのかも。

今や、あの「ゴールまでたどり着けるか?」というスリルはほとんどない。
体調が悪いとか、どこかが痛いとかでない限り、だいたい最後まで走れる。
(こんなこと書くとDNFしたときに叩かれそうだがw)
するとレースの成否はひとえにタイムでとらえることになる。
練習の時に想定していたタイムで走れたかどうか。

20年前くらいにもマラソンブームはあったのだが、
昨今のブームの勢いと全く違うのは、こういう面もあるのかなと思う。
アマチュアにとっても耐久レースというよりは競技としてのマラソンになってきた。

駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
次回は「トレーニング」について書こうかと。


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以前も同じような内容で自分のランニング・ヒストリー的なものを書いたことがあるんだけど、今回はさらにその最初に焦点を当ててみる。何でいまさらこんなことを書いているのか。それは昨日久しぶりにかつての職場の後輩の女の子と飲みに行ったんだが、彼女がランニングを始めたいらしい。

「色々教えてください!」とか言われて盛り上がっている俺ですw で、「俺、ブログやってんだ」とか言っちゃったりしてて。ええ、今日はその子のために書くよ(笑)。文体が口語なのもそのせいです。どーだ、うらやましいだろー。ブログの私物化(笑)

タイトルは最初「RUN学事始」にしてて、我ながらうまいこと考えた!って感じだが、念のため検索すると、やっぱり同じタイトルのサイトが存在(笑) なのでRUN楽ことはじめ。あ、これだと楽し苦し大好きなあの人と被るか(笑) まあいいや。

長距離走って、中学校とか高校のときにただ苦しいだけの記憶しかないよね。あのイメージがあると、マラソンなんて何が楽しいの?となる。でも歳をとってお腹も出てきて、健康診断の数値が気になり始めると、やっぱりランニングでも、というのが始めるきっかけだったりするんじゃなかろうか。かく言う自分も、ランニングを始めたきっかけは、禁煙。

自分はそもそも中学生のときに朝ランを始めて、それで校内マラソン大会でクラスで2位になったり、大学のときも部活(笑)ではいつも走っていたので、長距離には結構自信があった。なんというか、人間の体は鍛えれば強くなることは体で理解できていた。

でも、大学4年のときにタバコを吸い始めたので、有酸素運動からは長らく遠ざかっていた。水泳はやっていたけど、長くて2km、30分くらい。それまでも何度かランニングにトライしたことはあったんだけど、その時はいつも膝が痛くなっていた。今思えば脹脛靭帯なんだけど。それで長くは走れないでいた。

ほんと、数百メートル走るだけで膝が痛くなってた。多分、都心で暮らしていたこともあって、就職してからほとんど運動らしい運動もしてなくて、相当脚の筋肉が弱っていたんだと思う。脚も極細だったし。今でも脚は細いと言われるが、自分史的にはこれでもかなり太くなったほうなんである。

でも忘れもしない1999年の3月、15年の禁煙歴の末に突然「あ、おれタバコやめるかも」とふと思って吸わないでいたら、そのまま禁煙できて、その時に「ランニングを習慣化しておけば一つの歯止めになるんじゃないか」と思った。それがきっかけ。

最初はこのひざの痛みをどうするか分からないままにランニングを始めた。で、当時四谷に住んでいたので、そこから週に2回くらい神宮外苑まで走って、あのオーバルを1周して戻ってくると確か4kmちょっと。たまにオーバル2周して戻ったりしてたので、最初の頃は月に50kmくらいだったような気がする。

気がする、というのは当時はマメにスプレッドシートに走行距離を記録していたんだけど、それがランニングの空白期間にどこかへ行ってしまった。今あれがあれば、結構面白かったのに。

で、ひざの痛み。最初は500mくらいで痛くなってた。でも我慢しながら1ヶ月くらい走ってると、膝の痛みも嘘みたいになくなった。確かスクワットもたまにやってたような気がする。そうすると走行距離もだんだん伸びて、月に80kmくらいになった。

そのころはとにかく早く走ることを目標にしてた。つまり走るたびに同じコースのタイムトライアルをやっていたってことだ。今考えるとよく故障しなかったなと。たぶん閾値ペースよりは早かったような気がする。あ、それはタイムではなくしんどさの体感ね。あのハアハア感は半端なかった。

当時は今ほどにランニングに関する情報もなく、月刊ランナーズはあったけどトレーニングに関する記事も少なかった気がする。月間走行距離の概念はあったけど。でもLSDという言葉はあったな。インターバルとペース走とLSDだけ(笑)。でも最初はとにかく、毎日がタイムトライアル(笑)

そうそう。シューズも買いに行きました。どこかで「シューズだけはちゃんとしたものを買いなさい」と読んだから。そして赤羽のB&Dに行って、自分の走歴を話して、適当なモデルを選んでもらった。それはたぶん今ならスカイセンサーくらいのモデルだったような気がする。

それで気持ちよく走っていたんだけど、今度は足の甲が痛くなってきたりして、それもまたいつの間にかなくなって。そんなことを会社で話していたら、後輩のイシカワちゃんの父君がマラソンランナーであることが分かって、イシカワちゃん経由で父上に色々質問したりして。

そのうちその父君が「キミ兄も大会でませんか?」と言ってくれた。でも聞いてみると、なんとハーフマラソン。いやいや、無理でしょ!と思ったが、父君が「とにかく続けて走る練習をすれば大丈夫」と言うので、恐る恐るエントリー。当時はもうRUNNETだった気がする。

ハーフマラソンなんて、5km以上走ったことがない人間からしてみたら、とんでもない距離だ。そりゃあタイムトライアルばっかりやってるんだから、ゆっくり走ることができない。長い距離を走り続けるのがどういうことかもわかっていない。たぶん本番まで20kmは一回も走らなかった気がするな。

そして最初にでたその大会がなんと、今もやっている「東京ベイ浦安シティマラソン」だったことには最近気が付いたんだけど(笑) まさかそこに今自分が住んでいるとは。そのときのTシャツはこちら。

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このときも途中から膝が痛くなったような気がするなあ。でも腕を強く振ると膝の痛みがなくなったりして。今なら「ロング走をやりなさい」というところだけど、当時はそんなに練習にバリエーションはなかった。

あとは多分皆さんとまったく同じ。どんどんランニングの深みにはまり、次の年にはつくばマラソンに出場するまでになりました。でも走行距離は一番長くて月150km。普通は100km程度。でも若さで初フルは無事サブ4!走り始めて1年半後だった。

さて、何が言いたいか。なんで嫌にならないで、はまり込めたのかを言いたいのである。

①単純に気持ちがいい
ランニングすると凄い充実感を味わえる。「ああ、今私生きてる!!」って奴である。特に、ハアハアしたあとは本当に爽快感がある。ここでビール飲んだりしたらこれがまた最高!

だれかが何かのエッセイで書いていたが「体中をみずみずしい酸素が駆け巡る感じがする」とかなんとか。実際に科学的にも、ランニング(有酸素運動)を継続していると、休眠状態にあった毛細血管が活性化し、新陳代謝が高まるらしい。汗腺も活性化するので、普段運動していない人は汗をダラダラかくが、ランニングを続けていると細かい霧のような汗をかくのである。これはかっこいい。

あと、これは月刊ランナーズに書いてあったんだけど、マラソンランナーはアマチュアスポーツの王様らしいです。何よりも難易度が高い。もちろん他のスポーツだって難易度は高いけど、フルマラソンともなると完走できるだけですごいと思われる。確かに始めたころは、42km走るなんて頭おかしい(笑)と思ってた。

これも受け売りだが、人間はそもそも集団で狩をする生き物だったらしい。その持久力を生かして何十人という部隊で足の速い動物を追い詰める。マラソン大会のスタートのときに、異様に興奮するのはたぶん遺伝子がそのときのことを記憶しているかららしいよ。まさにBorn to RUN。

②腹が減る
もうご存知の通り、ランニングすると猛烈に腹が減ります。すなわちたくさん食べられるということ。「我慢をしない」ということがこんなに気持ちのいいことだったんだ!と気が付いたのはランニングを始めて半年くらいか。真夏にランニングした後に、昼飯に中華料理屋で餃子をたらふく食べて生ビール飲んでサイコー!!となった。ランニングしてなかったら考えられない。

こう見えて、自分も腹には肉が付きやすい体質なので、ランニングする前は本当に小食でした。白米食べてなかったし。それがランニング始めたらがっつり食べられるようになった。それまで凄く怒りっぽかったが、それも随分ましになった(と思う)。まあ今でも怒りっぽいが、発火点は上がった(笑)

③健康にいい
前も書いたが、2003年ごろから一昨年まで、大会にも出ず、月に30kmくらいしか走らない時期があった。結構血圧も高くなっていたが、ランニングを再開するとぴたり正常値に戻った。中性脂肪なんて一回1000を超えたこともあったが、いまや標準値。長生きできる気がしてきた。


ではこれからランニングを始めようかと思っているビギナーの人に、最初にやっておくことをご紹介しよう。

①シューズを買う
何事もここから始まります。最初は面倒でも専門店に行こう。慣れてくるとネットで買えたりもするが、一番最初は知識のある店員さんのアドバイスが必要。お勧めはアートスポーツかな。B&Dでもいいと思う。他にも色々あります。ウェアはなんでもいいです、最初は。選択肢はやまほどあるので、色々研究すればよいかと。

ちなみに私も最初のころは色々ウェアを買ってました。それがいまだに取ってあって、おかげで着る物には困りません。

②練習コースを見つける
大きな公園の、例えば駒沢公園の周回路とかが最適だが、無ければ近所にある大きな工場とか、大きな学校とか、周回コースを探すのがよい。距離の調節が簡単だし、信号待ちもないはず。遠くに行くと、途中で脚が痛くなったりとか、トイレに行きたくなったときに結構不便。慣れてくると、通勤ランという手もあるが。

③目標の大会を見つける
手始めに5kmくらいの大会にエントリーしてみよう。目標があれば頑張れるはず。いきなりハーフとかでもいい。とにかく出てみて、スタート前のあの興奮!!ゴール後のあの感動!! 味わってみてください。絶対、病み付きになること請け合い。

いやー、本当にダラダラ書いてきたが、これは自分史上最長だな。でも、獲物を一回で仕留めるためです(笑)皆さんも協力してww

昨日のエントリーでは、無気力な姿をさらし申し訳ありませんでした。当選お祝いのコメントまで頂いて、かなり気分は盛り上がってきましたよ♪ 外れた人たちの分まで頑張るぜ!!


さて、最近いろんな人のランニングのブログを拝見していて、自分も今一度、過去のランニング歴を整理しておきたくなった。せっかくなので、かなり昔にさかのぼってみる。

実はこう見えても(モザイクで見えてない?)、子供の頃は運動が苦手だった。特にかけっこと球技、つまり全部(笑) それが中学1年のときに早朝ランニングをやるようになってから様子が変わってきた。

まず中学の全校マラソン大会で学年2位になった。一番驚いたのは親だった。それまで運動会とか大嫌いだったのが突然走ることに目覚めた訳だから。

高校生の時は弓道部だったが毎日走っていたので、1500m走は5''07'''だった。クラスで2番目くらい。

ところがせっかくの走力を大学4年にタバコを吸い始めおじゃんに。それから15年間、有酸素運動とは縁がなかったのだが、35歳のときに急に長生きしたくなり禁煙。同時にランニングを始めた。

当時は今のランニングブームの前哨戦という感じで、東京マラソンの前身となる大会が発足したり、青梅マラソンと東京マラソンがもめてたり。インターネットはもうあったけど、ブログが流行り出す直前。ま、なんといっても高橋尚子ですね。「とっても楽しい42.195kmでした!」と語ったのは2000年のシドニーオリンピック。その直後に初めてつくばでフルを走って「高橋尚子スゲー」と思った。


以下、戦歴とともにそのころの生活を振り返ってみる。記録証があるものは見出しの行にタイムを書いておきました。



浦安シティマラソン(1999.11) 1'42''43'''

走り始めた当時、たまたま会社の同僚のお父さんが走るコツを教えてくれて、ついでにマラソン大会のエントリーのしかたとか、練習の仕方を教えてくれた。そして1999年11月、その人と一緒についにマラソン大会に出場したのが忘れもしない、東京ベイ浦安シティマラソンだった。Tシャツは今でも時々着てます。タイムも誉めてもらえた。



高槻シティ国際ハーフ(2000.1) 1'45''57'''

実は走り始めた直後、関西に転勤になった。で、申し込んだのがこの大会。雨のなか、寒さと練習不足で10km過ぎから左の脹脛靭帯に痛みが。辛かった~。このタイムは上出来。


つくばマラソン(2000.11) 3'50''55'''

そして走り始めて1年半後、ついにフルへの挑戦を決意。参加したのはつくばマラソンだったが、当時のエントリー数は6,000人。それでもマンモス大会と言われていた。このころ、走行距離はだいたい月100kmだったと思う。並行してスイムもやってたんだよな~。初フルでサブ4。

当時はジェルのような便利なものはなかった。エイドもあってもスポーツドリンクとかバナナとか。給水だけでゴールまで突っ走るのが基本だった。それを思えば今はずいぶん人道的な競技になった(笑) 走ってるときは「二度と走るか」と思い、走り終わっても「二度と出ない」と思った(笑)


谷川真理マラソン(2001.1) 1'39''

谷川真理ハーフは創立2年目。かなり寒かった気がする。真理さんも若かった(笑)





青梅マラソン(2001.2) 2'46''17'''

そして伝統の青梅マラソン。タイムはグロス。とにかく登りがきつい大会。今見たら300m登るから、実は若潮並み。コースも狭く、ガードレールに布団が巻いてあった。


つくばマラソン(2001.11) 4'11''32'''

これまた転勤の直後でほとんど走れていなかったこともあり、サブ4陥落。


かすみがうらマラソン(2001.4)

記録は多分サブ4。やたら風が強かった記憶がある。

千葉マリンマラソン(2002.1) 1'44''02'''

誘われるままに出た(笑) 全く記憶なし。

青梅マラソン(2002.2) 2'32''37'''

ネットタイムで2:30を切り、一年前のリベンジを果たす。



荒川市民マラソン
(2002.3) 3'36''40'''

いい加減な練習しかしてなかったわりには、サブ3.5に迫る勢い。いや、実際25kmくらいのロング走は何度かやってた気がする。最近悩まされている臀部の痛みを最初に感じた大会。初めて飴玉を持って走って途中で食べたらずいぶん楽だった記憶がある。


それから痕跡が何もないが、この頃第1回開催された東京シティロードレース(10K)に参加。日比谷公園をスタートし、東京国際マラソンの残り10kmを国立競技場まで走った。この大会は5年後、東京マラソンに生まれ変わる。曰比谷通りを走ったのがなつかしい。

このあと冬くらいまでは相当真面目に練習していた。特にスピード練習。皇居も21分台だった。



荒川市民マラソン(2004.3) 4'58''

しかしそのあと引っ越して練習環境が激変、引っ越した場所に適当なランニングコースがなく、練習できないまま久々に出場した荒川で5時間ギリギリの大失速。30kmからはほとんど歩くような速度。



浦安シティマラソン(2005.2)

なぜかTシャツだけが手元にあるが、多分DNSだったんだろうなあ。





浦安シティマラソン
(2010.2) 1'55''43'''

そのあともあまり練習はできていなかったが、ネズミー市への引越しを機にランニングを再開。いや、そもそもランニングをやめてはいなかったのだが、新居周辺は埋立て地なので信号も少なくランナーには抜群の環境だった。今になれば坂が無いことが不満なんだが。そして出場した久々の浦安シティマラソン。2時間は切れた。

浦安シティマラソン(2011.2)

調子にのって翌年も出ました、浦安シティマラソン。しかし2週間の海外出張から大会4日前に帰ってきて、翌日熱を出し、無理して出てみたら2'25''以上かかった。参りました。



そう、この大会のことをすっかり忘れていたのは、その直後に震災があったからだった。以降、この大会は距離が短縮されてしまった。次回くらいからはハーフに戻るか?

その後、2012年12月に自転車を購入。これにより持病の脹脛靭帯も痛まなくなり、一気にランニングが本格化。しかしここまで盛り上がるとは、1年前には自分でも予想していなかった。cw-xやらサプリやらのお陰で、フルを走るのもずいぶん楽になった。自転車で200kmとか走って距離に対する恐怖心が薄れたせいもあるかも。

こうやってふりかえると、これまでにハーフ7回、フル7回、30kmに2回、それから10kmは多分3回出場。15年間のランニング歴からするとちょっと少なめか。ま、これから巻き返そう♪


タイムだけみると10年以上前とほとんど変わっていない。道具のお陰もあるが、歳取って退屈な練習が退屈でなくなってきたという気もする。もうちょっとは記録が伸びるのではないかと感じております。



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