量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

カテゴリ:●徒然 > 俺的歴史記録

自分は山口出身なので、九州とは因縁浅からぬ関係だ。
高校からの進学先も九州大学って人が結構周囲にいた。
初めて九州にわたったのは山陽新幹線が博多まで延伸した昭和50年。
そのときは新下関まで行って、関門トンネルと関門大橋で門司まで往復した。


その後は大学時代になんどか博多まで行った。それは部活(笑)の関係。
中洲の夜は苦かった(笑)

大学4年の夏に、バイクで九州を一周した。
よく覚えていないが、大阪からフェリーで大分にわたり、
臼杵→阿蘇→雲仙天草→鹿児島→都井岬→青島といったルートだった気が。


最近では結婚する直前の2007年にトモコ(当時婚約者)と九州を一周した。
山口の実家からクルマでまず熊本に入り、
途中菊地のあたりで道端の肉屋で買った馬刺しを、近くの公園で食す。
激ウマ~。(馬だけに) あの肉屋は無事なんだろうか。
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そこから南阿蘇国民休暇村に宿泊。
今回は被害はどうだったんだろうか。
10年前、割とふっくら。腹もふっくら(笑)
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翌日は阿蘇山を周遊。多分草千里付近。ポーズがキモい(笑)
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そして火口。
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そこから南下して鹿児島に向かう。
お約束の西郷隆盛像。腹はひっこめてる(笑)
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確かこの日は鹿児島市内に宿泊。
そして翌日ジェットフォイル船で屋久島へ向かう。
実はよく知らないで行ったんだが、屋久島って全島トレイルの島。
山登りにそれなりに親しんでいないと楽しめない。
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いちおう軍手を持っていくくらいの知識はあったが、足下はジョギングシューズ。
とにかく水辺がキレイだった!弁当を食すトモコ。若い(笑)
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絶景をバックに。オレも若い(笑)
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山に登るのがあまりに楽しく、東京に帰ってから速攻で谷川岳(ロープウェイ)に行った。
そのあと、トレッキングシューズ購入。
屋久島の後は佐世保の海上自衛隊資料館、福岡ラーメン三昧。
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たしかキャナルシティの一蘭に行ったと思う。
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九州の魅力。
温暖な気候、短い旅でも長期でもどちらでも楽しめる。行く先に困ることがない。
写真は無いが佐世保に行く途中、有田によって新生活の食器を買ったり。
あまりに気に入って、東京にも店があったので結婚披露宴の引き出物にした。


だからそれから5年後、子供ができて電車やSLに興味を持ったとき、
やっぱり九州でしょ、って思って2泊3日の旅に出掛けた。
ルートは飛行機で鹿児島に入り、肥薩線のディーゼル、SLを乗り継いで、
熊本、阿蘇、黒川温泉とめぐる。

これは嘉例川駅。
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ここから、いさぶろう・しんぺい号に乗る。
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SLに乗り継ぐ人吉市内で焼酎の蔵元を見学。
これが因縁で、いまだにここの焼酎を飲み続けている律儀なオレ。
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これ、全部試飲しました(笑)
今も飲んでるのは、左から4番目の「峰の露」
米焼酎だが黒麹なのでキックが適度にあって飽きない。
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出来上がるオレ。コースケも出来上がってる?(笑)
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そしてお待ちかねのSLで熊本へ。
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熊本城の石垣にビビるコースケ。これが崩れたとは・・・
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多分いまもいるはずだが、熊本城内にはエキストラのお兄さんが何人かいて、
「加藤清正でござる」とか言って楽しませてくれる。
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ここから阿蘇経由で黒川温泉へ。
本当は鉄道で行くはずだったが、直前の水害でJRが不通に。
やむなくレンタカーで大観峰経由で黒川温泉へ。
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派手さはないが、自分目線で楽しめる。それが九州のいいところか。
復興するには時間もかかると思うが、決してあきらめないで欲しい。
九州地方を愛する一ファンより。





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ここからは閲覧注意。ある意味グロ画像。


大学の時の旅行の写真を探していたら、こんな写真が。
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だれですか、このぶりっ子は(笑)。
応援団の団室で、チアのバトンを持って。
多分20歳。まだ口がへの字じゃない。時は残酷だ(笑)

ちぃーす。
今日はオレの4輪遍歴を紹介するっス。
モチロン実家に戻れば色違いのエンツィオが4台あったりするんスけど。

最初に車を買ったのは、大学四年のときっス。
忘れもしないカリーナセダン78年式。
これのブルーメタリックを知り合いから5万円で買ったんスよ。



エンジンは1,800ccOHV、馬力は多分100馬力無かったと思うっス。
9年落ちだから、ダサいんだけど、
とにかく屋根が付いてて走ればよかったんス。(ニヤリ)
だってバイクじゃあねえ…

こんな車でも、乗ってくれる女の子は何人かいたんスよ。
オレのハイセンスなギャグで、
暑い夏もエアコン要らず!
ちなみにホイルだけはアルミで、
タイヤは60履いてました。

その次の車を買うには就職5年後。
当時は「私をスキーに連れて行って」が流行ってたじゃないスか。
自分も当然乗っかってたんで、
欲しかったのはこれだったんス。



日産テラノR3M。
2,700ccのターボディーゼルで100馬力ありました。
スキー場周辺の凍結した急坂で、
他の車がズルズルやってる中を、
こいつの4WDは威力を発揮しましたね~。
さらにはフルフラットになる車内。
都心部で威力を発揮するっス(笑)

結局これ買ったんだけど、
2年ほどで東京都心に転勤になったので、
駐車場が高くて手放したんスよ。
気に入ってたんスけどね。

住んでた社宅の駐車場が空いて、
次の車が買えたのが3年後っス。
テラノでの4WD体験が忘れられず、
また4WD車を選んだんスよね。

選んだのはこれっス。



スバルレガシィ・ツーリングワゴン250T。
レガシィだと2,000ccターボが有名ですけどぉ、
買ったのは2,500ccNA、170馬力っス。

スバルは伝統的に水平対向エンジンなので、
ボンネットの高さが低いんスよ。
だから視界が広いし重心も低い。
4WDと併せて、安全性抜群っス。
完全にスバルのパンフの受け売りですけど。

これでスバリストになったオレですが、
これから3台続けてスバルを買いました。
ホント、スバルの安全性は抜群だったっス。
雨の日も雪の日も、安心して運転できたんスよね~。

転勤の絡みで駐車場がまた確保できなくなったので、
このツーリングワゴンは実家に置きっぱなしにしたんスけど、
親父が10年、10万キロ以上のって、
めでたく廃車になりました。


100馬力未満、100馬力、170馬力と、
徐々にパワーアップしてきた我が愛車たちなんスけど、
2001年に買ったレガシィB4、自分史上最高パワーっしたね。



2,000ccの水平対向4気筒エンジンに、
ツインターボを装着し国内最強の280馬力を発生。
(自分のはATなので260馬力っス)
4WDによるグリップ力を活かして、
強烈な加速を見せてくれましたね~。
当時交際していたトモコフを
中野から浦安まで30分で送り届けていたのは、
記憶に新しい(誰の?)っス。
結局B4には7年乗りました。

そしてコースケがトモコフのお腹にいることがわかって、
いつまでもスーパースポーツじゃないだろうと、
買い換えたのがこちらっス。
同じくスバルのエクシーガGT。



7人乗りながら、インプレッサと同じ、
2リットルターボエンジンで220馬力を絞り出す、
美味しいとこ取りのワゴンっス。
高速道路でも、BMWの3シリーズならタメ張れました。

それにエクシーガのお陰で、
我が家はキャンプにも行けましたし。
後ろがとにかく広いんで、
いくらでも荷物積めるんスよね。

そんなわけでスバルは3台、
4WDは4台乗り継いだ訳ですが、
当初は馬力とか走行性能重視だったんですが、
だんだん積載力や乗り心地重視になっていきます。
かつ、荷物もたくさん積めると。

この辺がこの夏の「ディーラー巡り」でも重要なポイントなんですが、
その話はまた今度。



それにしても、ダラダラと締まりのない文章、
しっつれいしました~!


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男の子って子供の頃から乗り物好きじゃないですか。
自分の頃は「サーキットの狼」とか「赤いペガサス」とか人気あったし。
中学校の先輩が卒業してバイクに乗って凱旋したりして。
校庭をぐるぐる回ったら先生がなんか怒ってたり。

当時はカワサキのFXっていうバイクが大人気で。
今なら外為かよ!って名前ですけど。
ヤマハのRZ250なんかも人気でしたね。

映画「汚れた英雄」で吹き替えやった平忠彦とかね。
後で小説読んだらホントに主人公がゲス野郎でびっくり。

だから最初に、高校卒業直後、原付の免許を取ったんスよ。
それで大学に入って最初に乗ったのがこれ。ヤマハRD50。



当時ですら10年落ちだったんスけど、嬉しかったっスね~。
これで大阪から奈良とか行きました。懐かしの石舞台古墳。

さらに2年生の秋に、お金も無かったんで試験場で中型免許を取得したんス。
そしたら卒業する先輩がなんとこいつを譲ってくれたんですよね。



ホンダのVT250。35馬力で車重が170kg。軽くて取り回しが楽だったンだけど、高速道路ではちょっと怖かったっスよ。
燃費はよかったな~。

一度、大阪を朝発って、国道18号だか19号で松本まで行き、そのまま帰ってくる荒行をやったんですよね。ほら、オレ、寝なくても平気な方じゃないスか。
24時間でほぼ1,000km走りましたね~。

当然、原付では難しかった山口の実家へも何度も帰りましたよ。
高校の同じクラスの子を乗っけてツーリングとか行ったり。
東京にも行ったし、四国も一周しましたよ。それは一人で。
1年間だけどホントによく乗りました。

だがしか~し!
ほら、オレ、運転旨いじゃないですか。
四年生の春に、なんと限定解除しちゃって、バイトしていた学食の店長が持ってたこいつを、格安で譲ってもらったんスよね。



そう、CB750FA。
「バリバリ伝説」のグンの愛車と同じっス。
68馬力、車重230kg。結構重かったが、高速道路では超安定感がありましたね~。
何しろトルクが太いんで、3000回転で時速100km出たんスよ。
低回転で走れると、長距離の疲労感がまるで違いますよ。

野球部の応援に日生球場行くときも、学ランでこれに乗っていった。
メチャ目立ってたと思います♪
250ccだとたまに4輪に煽られたりしたけど、
ナナハンだと一切そういう不快な目に会わなかったっスね~。

九州も一周したな~。
あれが卒業旅行だったんスけど。

当時の映画で「彼のオートバイ、彼女の島」っていうのがあって、「ミナミの帝王」竹内力のデビュー作だったんスが、この中で狭い場所でバイクの向きをサイドスタンドを支点にして変えるテクが出てたんです。

頑張って真似しましたよ。当時のオレ、背筋180kgだったじゃないですか。歩道に停めたバイクをグルっと向き変えると、歩いてる人が「オオッ」って。どんだけ目立つの好きなんだよw

社会人になってCB750は一旦手放したんスが、取引先の社長がハーレーに乗ってたんス。
それを買い替えるので、古いのをまたまた格安で譲ってもらったっス。
それがこれ。



これは重かったっスね。
多分350kgくらいはありましたね。
一度、バッテリーが上がって押し掛けしたときはもう死ぬかと。

それにこれってオッサンがのる単車ですよ。
これ乗って喜んでるなんて、オレの青春も終わったなって思いましたね。

こっからしばらく単車は乗らなかったんスけど、2年ほど前にこれ買ったんスよ。



なにげにエンジンはついてないっス。
車重も9kgほどっス。
もうこれが一番気持ちいいっスね♪



長くなってきたんで、今日はこの辺にしときます。
そのうち4輪編も書きますんで、楽しみにしててください。




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最初は小3のリコーダー。
これでマセてることには
「コンドルは飛んで行く」
「雨に歌えば」
とかやっていた。
うわ、こう書いたら今治の常磐小学校の絵柄一気に脳内によみがえってきた。今まで思い出しもしなかったのに。転校するときに担任の小林先生にもらった国語辞典、まだ使ってるよ。

そうそう、なんでリコーダーを練習したかと言えば、初恋のユカリちゃんにアピールしたかったから。「雨に歌えば」も最初はユカリちゃんが吹いていた。

幸いなことに俺は、体育の時間に教室に忍び込んでユカリちゃんのリコーダーを舐め回すといった犯罪的行為に手を染めることもなく転校したわけだが。

時は流れて中学二年生。
家にあったネックの反ったギターで、松山千春とかさだまさしとかをひっそりとコピーしていた俺。

3つ上の姉が聞いていたのはガロ、甲斐バンド、ミッシェル・ポルナレフ、クイーン。
ビートルズも姉の「1962-1966」をたまに聞いたが、ピンと来ず。

ところがタイツ姿のビジュアルが気持ちワリィ~と思っていたクイーンの「愛という名の欲望」を始めてラジオで聞いた時、体に電流が走った。今になってみればあれはクイーンの本流じゃないという気もするが、松山千春やアリスの影響でアコースティックギター大好き少年だったこともあるかも。あのイントロとコーラスに完全にやられた。




以来完璧なクイーンファン。
まずは誕生日プレゼントでアルバム「Queen」「Queen2」を入手し、歌詞を徹底的に覚えた。
そしてメンバーの来歴を暗唱できるまでに学習。
Queen1の「Keep yourself alive」のイントロに痺れたり。



もしかすると気付いてる人もいるかも知れないが、このブログのURL「sevenseasofrhye」は1stアルバムの「輝ける七つの海」の英語タイトル。

しかしその大好きなクイーンも、バルセロナオリンピックあたりから余りに耽美的になりすぎて着いていけなくなった。

クイーンファンとして本格的に再起したのは、2000年頃に「Live at Wembley」のDVDを買ってから。黄色いジャケットのフレディがこの上なくカッコ良かった。何より冒頭の「One vision」に圧倒された。ブライアン・メイカッコ良すぎ。
同時に、大学生の頃に日本に来ていたクイーンをなんで見に行かなかったのか、フレディが亡くなってかなりたってから本当に後悔した。



今でも、本当にクイーンが大好き。
俺的ベストファイブを書いとく。
⑤Somebody to love
④Don't stop me now
③Radio Gaga
②Keep yourself alive
①愛という名の欲望

音楽の目覚めは、自分で演奏することでもあった。
これはまた次回。


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30年以上前の苦い話に、21世紀の今、ニーズがあるとも思えんが…(笑)

☆☆

その前に。
最近村では「ブログに何を書くか(書くべきか)」という議論が盛んだ。
幸いにして自分は匿名コメントとか入れられたことは無いのだが(笑)

例えば「××してるバカな奴がいる」といった、誰かを傷付けるかもしれない内容はやめた方がいいと思う。
それは「嫌なら読むな」ではないような気がする。
自分が該当していたら、クレームのコメント入れるかも。
(但し危険行為や明かなルール違反の指摘は除く、かな。マナー違反の指摘は主観が入るから微妙)

でもそうでなければ、自分は「マラソンではあんな走りをしてる人の私生活はこんなんだったのか」といった感じで、かなり楽しませてもらっている。
マラソンに直接関係なくても、書き手がどういう人か知りたいじゃないですか。

そこから先は書き方の巧拙の問題なので、うまく書けてればよし。下手でも文句は言わないで(笑)

以上、意見表明おわり。


☆☆

さらに時代はさかのぼって高校生の頃。

高校1年の冬、なぜか彼女ができた俺。
いやー、楽しかったですね。
しかしジョン・レノンの暗殺をきっかけに一気に暗転。
(いや関係ないしそれ1年後だし)

今思うと相当粘着だったと思うんだよね~。
気がついたら春に「別れて」と手紙が。
その半年後に彼女はクラスの別の奴と…。

なんでしょうね、あの年頃の感性というか感覚。
つまらないことで一喜一憂。
匂いかいだり手が触れたりしたら舞い上がる。
(それは今でもかw)

結局自分に自信がないから、
あれこれ自分の見せ方を計算する。
それは全部無駄だし、相手から見たらウザい。
最近「こじらせ系」ってありますが、
自分がそれでしたね、こじらせ男子。
調べたらかなりよく当てはまる。

頭の中、9割は女の子のことだった。
よく現役で大学に入ったものだ。

いずれにせよ、高校の間はその失恋をずっと引きずって、実に暗い毎日だった。
その頃に人生を通じて付き合える友人も得られたのだが。

このこじらせ系のキャラはその後もずっと続くわけだが、
要するに気になる女子の前に行くと、
いろんな言動がギクシャクした。





時は流れて、
妻と最初にデートしたときは、
なぜか全くギクシャクしなかった。
何というか、自分からα波(笑)が出ているのが分かったし、
それで相手もリラックスしているのが分かった。
いや、こちらがリラックスさせられたのか。

いや、もう細かいことは省略しますが、
それが42歳のときだから(笑)
細かいことは聞くなよ!!(笑)




あとはもう、どれだけ長生きできるかですね。
出会いが遅かったぶん、少しでも長く家族と一緒にいたい。
目指せ金婚式。そのとき俺、93歳。




マラソンの「マ」の字も無かった(笑)





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