量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

カテゴリ:●徒然 > 俺的歴史記録

最初は小3のリコーダー。
これでマセてることには
「コンドルは飛んで行く」
「雨に歌えば」
とかやっていた。
うわ、こう書いたら今治の常磐小学校の絵柄一気に脳内によみがえってきた。今まで思い出しもしなかったのに。転校するときに担任の小林先生にもらった国語辞典、まだ使ってるよ。

そうそう、なんでリコーダーを練習したかと言えば、初恋のユカリちゃんにアピールしたかったから。「雨に歌えば」も最初はユカリちゃんが吹いていた。

幸いなことに俺は、体育の時間に教室に忍び込んでユカリちゃんのリコーダーを舐め回すといった犯罪的行為に手を染めることもなく転校したわけだが。

時は流れて中学二年生。
家にあったネックの反ったギターで、松山千春とかさだまさしとかをひっそりとコピーしていた俺。

3つ上の姉が聞いていたのはガロ、甲斐バンド、ミッシェル・ポルナレフ、クイーン。
ビートルズも姉の「1962-1966」をたまに聞いたが、ピンと来ず。

ところがタイツ姿のビジュアルが気持ちワリィ~と思っていたクイーンの「愛という名の欲望」を始めてラジオで聞いた時、体に電流が走った。今になってみればあれはクイーンの本流じゃないという気もするが、松山千春やアリスの影響でアコースティックギター大好き少年だったこともあるかも。あのイントロとコーラスに完全にやられた。




以来完璧なクイーンファン。
まずは誕生日プレゼントでアルバム「Queen」「Queen2」を入手し、歌詞を徹底的に覚えた。
そしてメンバーの来歴を暗唱できるまでに学習。
Queen1の「Keep yourself alive」のイントロに痺れたり。



もしかすると気付いてる人もいるかも知れないが、このブログのURL「sevenseasofrhye」は1stアルバムの「輝ける七つの海」の英語タイトル。

しかしその大好きなクイーンも、バルセロナオリンピックあたりから余りに耽美的になりすぎて着いていけなくなった。

クイーンファンとして本格的に再起したのは、2000年頃に「Live at Wembley」のDVDを買ってから。黄色いジャケットのフレディがこの上なくカッコ良かった。何より冒頭の「One vision」に圧倒された。ブライアン・メイカッコ良すぎ。
同時に、大学生の頃に日本に来ていたクイーンをなんで見に行かなかったのか、フレディが亡くなってかなりたってから本当に後悔した。



今でも、本当にクイーンが大好き。
俺的ベストファイブを書いとく。
⑤Somebody to love
④Don't stop me now
③Radio Gaga
②Keep yourself alive
①愛という名の欲望

音楽の目覚めは、自分で演奏することでもあった。
これはまた次回。


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30年以上前の苦い話に、21世紀の今、ニーズがあるとも思えんが…(笑)

☆☆

その前に。
最近村では「ブログに何を書くか(書くべきか)」という議論が盛んだ。
幸いにして自分は匿名コメントとか入れられたことは無いのだが(笑)

例えば「××してるバカな奴がいる」といった、誰かを傷付けるかもしれない内容はやめた方がいいと思う。
それは「嫌なら読むな」ではないような気がする。
自分が該当していたら、クレームのコメント入れるかも。
(但し危険行為や明かなルール違反の指摘は除く、かな。マナー違反の指摘は主観が入るから微妙)

でもそうでなければ、自分は「マラソンではあんな走りをしてる人の私生活はこんなんだったのか」といった感じで、かなり楽しませてもらっている。
マラソンに直接関係なくても、書き手がどういう人か知りたいじゃないですか。

そこから先は書き方の巧拙の問題なので、うまく書けてればよし。下手でも文句は言わないで(笑)

以上、意見表明おわり。


☆☆

さらに時代はさかのぼって高校生の頃。

高校1年の冬、なぜか彼女ができた俺。
いやー、楽しかったですね。
しかしジョン・レノンの暗殺をきっかけに一気に暗転。
(いや関係ないしそれ1年後だし)

今思うと相当粘着だったと思うんだよね~。
気がついたら春に「別れて」と手紙が。
その半年後に彼女はクラスの別の奴と…。

なんでしょうね、あの年頃の感性というか感覚。
つまらないことで一喜一憂。
匂いかいだり手が触れたりしたら舞い上がる。
(それは今でもかw)

結局自分に自信がないから、
あれこれ自分の見せ方を計算する。
それは全部無駄だし、相手から見たらウザい。
最近「こじらせ系」ってありますが、
自分がそれでしたね、こじらせ男子。
調べたらかなりよく当てはまる。

頭の中、9割は女の子のことだった。
よく現役で大学に入ったものだ。

いずれにせよ、高校の間はその失恋をずっと引きずって、実に暗い毎日だった。
その頃に人生を通じて付き合える友人も得られたのだが。

このこじらせ系のキャラはその後もずっと続くわけだが、
要するに気になる女子の前に行くと、
いろんな言動がギクシャクした。





時は流れて、
妻と最初にデートしたときは、
なぜか全くギクシャクしなかった。
何というか、自分からα波(笑)が出ているのが分かったし、
それで相手もリラックスしているのが分かった。
いや、こちらがリラックスさせられたのか。

いや、もう細かいことは省略しますが、
それが42歳のときだから(笑)
細かいことは聞くなよ!!(笑)




あとはもう、どれだけ長生きできるかですね。
出会いが遅かったぶん、少しでも長く家族と一緒にいたい。
目指せ金婚式。そのとき俺、93歳。




マラソンの「マ」の字も無かった(笑)





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こんばんは。
今日から裏表なく、本格的にエロブログに転向しようと思ったキミ兄です。


今当ブログではランニング、キャンプ、自転車、読書
というベーシックアイテム以外に、
「Brother Kim」「こーすけ日記」「俺的歴史記録」
という3つのシリーズが走っている。
どれも世間的評価はいまいちだが、ネタがある限り、
そしてクレームされない限り細々と続けていきたい。

さらに今「当世サラリーマン事情」も検討中だ。こうご期待。




☆☆☆


さて、前回の記事と時期が前後するのだが、
今日は大学に入ったばかりのころの
甘酸っぱい思い出、いや、苦い思い出について書いてみたい。

俺が大学に入ったのは昭和58年4月。
それまで山口のいなかしか知らなかった少年にとって、
大阪の街は本当に刺激的だった。

しかし元来臆病な俺は、街での遊び方を身につけるわけでもなく、
下宿と大学を往復する毎日。
しかもオヤジが気まぐれに仕送りを止めやがったので、
極貧生活にあえいでいた。

その経緯は長いのでまた書くとして、
同級生が「バイトして車買った」とかぬかしやがったら、
「生活費と学費は親が出してんだろ」と心の中で毒づく。
そのひねくれた心理が俺を応援団という特殊な世界に誘ったのかもしれない。

さて、その応援団だが、春と秋の大学祭の模擬店を仕切っていた。
要はテキ屋だ。
各出店者から出店料を徴収し、
その金でテントやガス、ステージの手配とかを行う。
学園祭は3日間だが、期間中の交通整理や警備、掃除も応援団の仕事だ。
なので学園祭期間中に、出店者と仲良くなったりする。

その中で、自分とは別のキャンパスの学科のクラスで出している店に、
俺がちょっと気になる子がいた。
名前は仮に「薫ちゃん」としておこう。
タイプ的には奥貫薫、ま、ど真ん中ストライクw

大学祭期間中もほとんど会話することもなく、
大学祭は最終日を迎える。
最終日は特設ステージでディスコ大会で幕を閉じたのち、
各店はめいめい打ち上げをおこなう。
薫ちゃんの店はテントでなくて校舎内だったので、
その店で打ち上げをやっていた。

応援団はディスコ大会の直前に開催される
「一升瓶早飲み競争」に出場しなければならない。
これがすごく回るのだ。
その状態でディスコにも参加し、
その勢いで各模擬店の打ち上げに乱入するわけだ。
各模擬店の人たちも、学祭の時だけは応援団に優しいw
行く先々で、「援団、援団」と言われて大人気♪

そう、そしてそのまま薫ちゃんの店に突撃!
薫ちゃんの店では大音量で音楽を掛けて、
ここでもディスコ大会の真っ最中。
俺が入っていくと「援団!援団!」の大合唱!

俺はテーブルの上に駆け上がり、
「盛り上がってるかーい‼︎」と絶叫!
「イエーイ‼︎」とみんな。
薫ちゃんも嬉しそうに叫んでる!
テーブルの上で踊り狂う俺!

とその時、股間のあたりで何かが裂けるような音が!
えーい、ズボンくらい気にするな!
目の前には薫ちゃん!
応援団仕込みの四股を見せてやる‼︎

飛び上がって四股で着地!
裂け目から何かがはみ出す感触!
薫ちゃんが顔を歪ませて絶叫を上げる!



静まり返る会場。
あわててテーブルから飛び降り薫ちゃんに駆け寄る俺。
声にならない悲鳴を上げながら俺から逃げようとする彼女。
必死に俺は何かを説明しようとするが、
薫ちゃんは他の女子学生にガードされながら退場。

俺はいたたまれなくなり、そっと会場を後にした。
俺の淡い大学デビューは、こうして粉微塵になった…
そして俺の淡い恋心も…



そのままその辺で飲んだくれて、気がついたら俺は下宿の自室に、
トランクス一丁で寝ていた。
とりあえずキャンパスに戻って、片付けをしなければならない。
俺はとりあえずトランクスを履き替え、出かける準備をした。
と、その時!

俺の目に入ってきたのは、見事に敗れたトランクスだった。
あの時薫ちゃんの瞳には一体何が写っていたのか。
今ではもう知る由も無い…



☆☆☆


この時も散々反省したのだが、調子に乗りすぎる傾向は今も変わらず。
いや、本当に反省してるんですよ、本当に。


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ランニング懐古録の途中であるが、ふと思い出したので学生時代の思いでなど。
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応援団に所属していた俺。
四回生の時は授業もゼミだけだったので、学食でバイトしていた。
勤務時間は朝8時から午後1時半まで。
そのあと食堂のみんなで昼飯をとる。

食堂のスタッフは大半がパートタイマーのお姉さん、というかおばちゃん。
でもなかには色っぽいおばちゃんもいて、俺も結構貞操の危機だった。
やってないけど。

俺の仕事はまず、コンベア方式の炊飯機(「炊飯器」ではない)で、キャンパス全体の食堂の飯を炊くこと。おぼろな記憶だが、20合入る釜で毎日50個分くらい炊いていた。

炊き上がったら軽トラでキャンパス内に3ヶ所に分かれている食堂に配達。それが終わったらだいたい10時半で、でっかい釜で焼き飯を作る。といっても作るのは食堂のチーフで俺は手伝い。

11時半になるといよいよ開店。自分は定食コーナーの焼き方。焼き肉定食の注文がきたら肉を焼く。あのちっちゃい鉄板に乗せて焼いて、それを木の皿に乗せてそのまま出す。「熱いから気を付けて下さい!」とか言って。

時にはクラスの同期とか団の後輩が食べに来る。そのときは肉は1枚サービスだ。付け合わせのコーンも当然増量。

そんな仕事をしながら、俺はいつも隣に立つ中華担当のオサフネさんと客の品評会をしていた。

「お、男前」
「お、俺好み」
「うわ、デブ!」

その食堂にいつも3、4人で来るグループがいた。女一人、残りが男友達。
5月頃からその女子はそのうちの一人の
男と二人で来るようになった。どうやら付き合い始めたらしい。しかしまだ何となくぎこちない。

ところが7月のある月曜日、その二人がいつものように食堂に来たのだが、それまでのぎこちなさが消えている。それどころか、妙に距離感が近い。それを見てオサフネさんが一言。


オ「やったな」
俺「はっ?」
オ「キミ兄、見てみ。あの二人、デキたで」
俺「はあー、わかる?」
オ「わかるわかる」
俺「ひと夏の経験ですか」
オ「それそれ」

しかし夏休みが終わった9月、そのカップルが再び一緒に食堂に現れることはなかった…




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