量は質を凌駕する

 ~ アウトドアと読書の日記

カテゴリ: ●徒然

7年くらい前に九州に行ったときに、球磨焼酎というものに出会った。米焼酎なのだが黒麹を使っているので芋焼酎のようなコクがある。でも米なので甘すぎない。自分が好きだったのは「峰の露」という銘柄で、最初は瓶で6本箱買いしていたが、だんだん面倒になってきてここ数年は紙パック6本入りを買っていた。

今知ったけど、amazonで買えるんだね。いつも楽天で買ってました。アフィリエイトじゃないから安心してクリックしたまえ(笑) 旨いよ。

最近少し減ってたけど、ピーク時にはこれを毎月6本買っていた。度数が25%なので日本酒換算だと毎月100合だ。100合!つまり毎月10升飲んでいたわけだ。換算しただけだが。

1日あたりだと毎日3合強を飲んでいたことになる。

学生時代に浴びるように飲んでいたので、酒の量は日本酒で換算するのが一番わかりやすい。最強の頃は一晩で8合くらいまでは飲めたか。一晩と言っても3時間くらいですよ。朝まで掛ければ1升くらいは大丈夫だったはず。過ぎ去りし過去の栄光。

40代半ばくらいまでは酒量はほとんど落ちなかったが、50歳を越えたころから目に見えてアルコール耐性が落ちてきた。耐性が落ちるというのはつぶれるようになったわけではなく、自分が酔っていることが明らかにわかるので「無理がきかなくなった」状態。



焼酎も30代のころはロックで飲んでいたが、50前後からもうそれは無理になり必ず水で割っている。そして去年の暮れに酒との距離感を調整したきっかけもこの焼酎。水で割ってもきつくなってきた。1日3合相当なんてとんでもない。水割りを2、3杯飲んだらもうそれで翌日がしんどくなる。

そして一昨日の夜、残っていた焼酎を水割りで飲んでみた。翌朝はひどく体が重かった。これは急に酒が弱くなったのではなく、そもそも濃いめの酒を飲めばそれだけカラダのダメージがあったということだろう。しばらく飲んでなかったのでカラダが気付いた。でも毎日飲んで入れば気付かない。



とはいえ全く酒を飲まなくなったわけではない。自分はずっとKIRINのBITTERSを愛飲していたが、さすがに4年飲み続けていたら飽きた。この冬からはこれに替えた。

アルコール度数はBITTERSと同じで、その代り甘みと酸味が弱い。いわゆるウォッカトニックですね。これも油断すると3本くらい飲んでしまうのだが、350mlで9%ということは、ほぼ1.1合だ。3本飲んだら以前と同じアルコール摂取量に堕してしまう。飲むにしてもせめて1本くらいにしておかねば。

前橋のみっつさんも別大に向けて断酒されているらしい。そんな人の前でなんだが、完全なる断酒は結構退屈だ。1日24時間素面なわけで、文化的側面から見ると人間本当にそんなことでいいのか?という気がしないでもない。

でも夕方6時ごろから飲み始めて24時に寝ると1日の4分の1は酔っているわけで、それはそれで人間らしい福祉の観点からは本当にそんなことでいいのか?と思わないでもない。本を読んでも記憶に残らないし。

自分が好きなのは酔ったまま寝ることだ。睡眠の質が下がるのであまりお勧めはされないようだが、一度酔ってから覚めた状態で寝るよりはずっと気持ちがいい。なのでもし飲むときは、23時を過ぎてから飲むことにしている。これで飲む量はかなり抑えられる。

つらいのは晩飯のおかずに酒が欲しくなるようなものが出てきたとき。刺身とか干物とか。そういうものは酒と一緒に食べるのが美味しいという刷り込みをかれこれ40年近く続けてきたので、水を飲みながらこういうものを食べるのは結構つらい。慣れるしかないが。

酒量は落ちたが水は1日に1升くらい飲んでるかな(笑) そのうちに、食べ物がおいしい水の飲み方なんていうのも編み出せるかもしれない。

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今日は9km走った。まだ昨日引き攣れた左腿の内側が痛いがかなりましになったようだ。明日のアスリートヨガ道場には影響なさそう。Kana先生が手ぐすね引いて待っているようなので、気持ちを引き締めてまいります。

毎日毎日ブログを自分でも飽きもせずによく書いていると思う。しかしパソコンに向かうときにはだいたい書き出しというか、その日一番書きたいことはほぼ決まっている。決まっていない時でも30秒くらい頭を揺すっていると、ネタが指先にポロポロ落ちてくる(嘘)


仕事しながらブログのテーマを思いつくこともあるが、家に帰ってパソコンに向かうとなぜか違うことを書き始めたりする。4日くらい前の「考えるな。感じろ」なんていう記事を書いた時に最初書こうと思っていたのは「新資本主義」(笑)

要約すると株価は利益を分子にするPERよりも、配当額と自社株買い額を分子にした指標で評価されるべきで、それを労働者が購入すれば世の中には資本家と経営者しかいなくなる、そうすれば企業が支配している政治も庶民の手に取り返せる、みたいなお話。


いや、要約するだけ無駄だった。


いや、これを公約に掲げた政党が旗揚げしたら選挙協力に行くな。



ま、マラソンカテゴリーなのでできるだけランに関係する話を書こうとはしている。そんな中で一昨日の「意外と重傷なふくらはぎの故障」がマラソンカテゴリー注目記事の1位になった。しかしOUTポイントはぐっと増えたがINポイントはいつも通りだった。

もともと自分のブログはバナーをクリックしてくれる(INポイントを入れてくれる)人が少ないので、普段読んでいる人はいつも通りにバナーをクリックしてくれて、普段来ない人が来てくれて読んだけどバナー押すほどじゃないなと思ったわけだ。

言い換えると内容以上にタイトルはattractiveだったわけだ。本人には全くそんな気はなかったが。やっぱりみんな故障には関心が高いのか。あるいは他人の不幸は蜜の味なのか。いや、それはひねくれすぎか(笑)

OUTポイント狙いならそれでもよいが、あまりいつもそういう傾向のタイトルばかり付けてると、タイトルだけ扇情的な民法のバラエティみたいになっていつか読まれなくなる気がする。

最近の自分のブログの書き方でいうと、まずタイトルがありそれを受けた話の「枕」があって、ちょっとそこからそれた本題に入るがオチはタイトルに戻る、なんていう展開が理想的だ。これはなかなか難しい。一日中考えてたら書けるかもしれないが、パソコンに向かってから考えてたのでは無理だ。

せいぜい自分にできるのは、タイトル倒れにならないような内容を書くべく頑張ることくらい。でも「海岸で下る犬」はあまりにひどかった。中身もひどいがタイトルもひどい。そんなことにならないように、今日もタイトルをひねり出すのであった。

今日のタイトルは楽だった(笑)


本日の走行距離:9.5km
今月の走行距離:198.7km
本日の最低体重:61.1kg
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いすみハーフ前後からここまでの1か月強を振り返ると本当に一喜一憂の積み重ね、いや繰り返しだ。11月が終わるころは30km走を何回もできて自信満々。しかしいすみハーフ前に体調を崩して自信喪失。

いすみハーフでそこそこ走れて自信回復。でも出張明けに体調を崩しさらに加古川マラソンでは救心のお世話になり自信完全喪失。

ところが年末から年始にかけては例年になく多く走り込めて自信回復。そこでまたふくらはぎを痛めて自信喪失。そろそろ7回くらいは転んだか?



まだ4回だった。



終わり良ければすべて良しっていうのは、こういった一喜一憂が小さいことに感じられるからだろう。終わりが良くないと「ああ、浮いたり沈んだりしたシーズンだったな」という印象しか残らない。昨シーズンがまさにそうだった。

てことはやっぱり終わりをよくするべく努力するしかない。なんだかんだで故障で長期休養にまではなったことは無いオレ。今回もなんとか乗り切れるだろう。パーツをとっかえひっかえしながらゴールを目指す耐久レースみたいになってきた。



話はちょっとそれるがブログを書いていることの功罪っていうのがある。ブログを書いているとうまく行かない時や失敗したときに読者の反応で元気をもらえる一方、うまくいったときは褒めてもらえる。悪く言うとちやほやしてもらえる。

すると練習も本番もブログにどう書くかが動機になってきたりする。30km走をやったとして、ブログに書いてほめてもらいたくなって目標を高めに設定したりする。もしかするとそれはただ疲労をためているだけで本番には逆にマイナスなのかもしれない。

ほめてもらえると凄くモチベーションになるし自信もつくので、これは難しい問題。自分もまだまだそこから解脱はできていない。それはそれとして目標に向かう自分からは切り離した方がいいと思うのだが。

だからこんな写真を載せたりもする(笑)

3連休中にヨガ中心にストレッチとかを一生懸命やった甲斐もあって今日はちょっとだけ走れた。6km弱をキロ6。1kmだけ4分半に上げてみたがそんなに負荷は感じなかった。4kmちょっと走ったところでふくらはぎに怪しい気配があったのでそこでスローダウン。

でも昨日とは違って4kmも走れると、この痛み自体が修復のサインなので、少しずつ距離を伸ばしていけるという希望が持てる。

1月しっかり走り込んできて脚が痛くなったのが土曜日。例の不合格発表もあって踏んだり蹴ったりだったが、今日やっとちょっと「一喜」できた。古河はなももまでちょうど2か月。この程度で「一喜」してる場合じゃないのだが少しでも前に進まないとね。


古河はなももに参加される皆さま。また今年もアフターご一緒にいかがでしょうか。はてなブログの方が多いようなのでアスリートヨガの時にもまたお声掛けしますね。

本日の走行距離:5.7km
今月の走行距離:186.5km
本日の最低体重:61.1kg
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今日は朝起きてみたらやはり脚は回復していなかったので稲毛30kmはやむなくDNS。しょうがないので午前中はずっと家でヨガをやっていた。やってみるとできないと思っていたポーズが取れたりして面白くなってきた。気づいたら2時間くらいヨガマットの上にいた。

夕方になって脚の違和感がなんとなくなくなってきたので着替えてジョギングに行く。しかし1km行かないうちにまた痛みを覚えたのでそこでストップ。芝生の上でしばしヨガのポーズをとった後に家に戻った。あんまりやってると近所で「最近ヨガのおじさんがいるよね」とか噂になるのでほどほどにしておこう。

ハムストリングスと大臀筋の境目辺りを中心にストレッチすると一時的に痛みは消えたのだが、それよりも仙骨と大臀筋あるいは梨状筋のつなぎ目あたりが炎症を起こしているようで、これがたぶん坐骨神経に影響している模様。ここに超音波を当てるとカカト辺りまでビリビリくる。なのでふくらはぎそのものには原因はなさそう。

やはり年始からまとめてドカッと走り込んだことと、そもそも加古川の時に痛めたところが治り切っていなかったということだろう。でも正月は調子よかったんだけどな~。やっぱり痛くなってみないと分からない。反省のしようもない。

あせってもしょうがないのでしばしランオフ。超音波治療は継続。そしてヨガは続ける。




話は全く変わるのだが、今読んでいる小説にグダグダのアル中探偵が登場する。朝から酒を飲んでいるので相当重症だ。その彼が時々AA(Alcoholic Anonymous:禁酒協会)の集会に参加するシーンがある。

AAではアル中の患者たちが自分の禁酒体験とかアルコールでの失敗談を持ち寄り合って、それでお互いに励まし合いながらアル中を脱出しようとする。禁酒期間を長くできるとそれを披露してお互いに「それは素晴らしい!」と讃え合う。

これが何かに似てるなと思ったら、Facebookのコメントのやり取りにそっくりだった。あそこは何を言っても讃えてもらえるもんな。ブログでもたまにそうなることもあるが。あれが嘘っぽくてFacebookに書くのやめたのを思い出した。

ああ、いかんいかん。故障者特有の闇に入るところだった(笑) 沈むときは静かに沈みたい。



ところで頼まれてもいないのに拡散しますが、1月25日(金)大阪でのアスリートヨガに若干の空席があるそうです。興味のある人は是非。詳細はこちらをご覧ください。→Choeiさんのブログ
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スポーツって色んな種類をやってると色々と応用できることが多い。特に自分はマラソンではランニングエコノミーにこだわっているので、フォームの考え方は他のスポーツから持ってきているものもある。

高校の時にやっていた弓道は特にフォームにはこだわるスポーツ(武道)だ。あの競技は筋力や運動神経はほとんど関係ない。いや、自分のカラダを思い通りに動かすという意味では運動神経かもしれないが、反射神経は不要だ。

筋力が弱ければ弱い弓を引けばいい。でも筋肉モリモリの人が強い弓を引けばフォームと矢の軌道は安定するがそれだけでは上手くならない。

一番大事なのは理にかなったフォームを作る合理的発想、筋肉を制止させる集中力、退屈な練習に耐える忍耐力。そんなところか。フォームそのものについてはチカラを入れるべきところとリラックスさせるべきところをきちんと使い分けること。

ここでも体幹は重要だ。そしてランニングとは逆に上半身をリラックスさせる。腹筋と背筋を中心とした体幹で弓を引くイメージ。大きな筋肉で引くほど狙いが安定する。そして上下左右にカラダが伸びていき、全てが満ちた時(これを「会」と呼ぶ)に矢が離れる。「離す」ではなく「離れ」と呼ぶ。調子が良いと本当に勝手に離れる。(感覚的には「放れる」かも)



これによく似ているのがゴルフ。静止状態からカラダを動かすところや、下半身は動かさず上半身中心の動きであるところとか。

さらに似ているのは集中力を要するスポーツであること。他のスポーツも集中力を失うとカラダのコントロールを失うが、ゴルフや弓道での集中力欠如は致命的。偶然うまくいくことはありえない。

もう一つ似ているのが、自分が感じる自分のフォームと外から見る自分のフォームに大きな乖離があること。指導者が選手のフォームを見て「もっと押手(左腕)の肩を入れて」(弓道)とか「もっとテークバックでクラブを立てて」(ゴルフ)とか言うのだが、自分では肩も入れてるしクラブも立ててるつもりになっていることがほとんど。

で、ビデオに撮ってみると確かに肩は入ってないしクラブは寝てるんだけど、それってこういう複雑なプロセスを経ることになる。

自分で今のフォームを感じる

それをビデオで見る

ビデオ上で修正点を認識する

自分の感覚でカラダの動きを修正する

往々にして多くの指導者が自分の見たフォームを理想の形にしたがる。そうすると陸上におけるマック式ドリルの悲劇みたいなことが起きる。マック式ドリルというのは前回の東京オリンピックの頃にマックさんという海外の短距離コーチが紹介したランナーの分解写真を見て、日本の誰かが編み出した腿上げとかのドリルのこと。

当のマックさんが久しぶりに来日して日本の人がマック式ドリルをやっているのを見て「それは結果として『そうなる』という意味であって、『そうする』ということではない」と訂正したそうだが後の祭り。脚が速くなる効果は無いトレーニングが日本中に広まってしまった。(「アスリートの科学」より引用)

上に書いた弓道やゴルフの例は、指導者が「そうなる」と「そうする」を混同していた好例だろう。プレーヤーが知りたいのは、誰でもわかる分解写真の解説ではなく、それを実現するにはどこにチカラを入れればよいのか、カラダをどう使えばよいのか、ということなのに。

例えば真下着地。自分はスキップの二歩目と同じ感覚で捉えている。実際の着地点が真下かどうかは正直どうでもいい。要はブレーキをかけてなければいいだけだ。

ミッドフット着地も自分の足裏感覚で真ん中で着地できてると思えれば十分で、ビデオ撮影までして確認することでもないと思う。これこそ以前から書いてる「接地」と「着地」の区別が大事だ。ビデオでは「接地」しか分からない。

他にも色々面白いことが書いてあるので、未読の方は是非ご一読を。




自分はランニングエコノミーに関することを時々ブログに書いているが、それはあくまでも走りながら自分で試してみてそれで効果があったと思うことを書いている。その意味では「そうする」を延々と書いている。

さらに言うとあくまで自分が感じたことを一方的に書いているに過ぎなくて、それが外から見たらどう見えるかも知らない。だから他人のフォームを見ても、何か言うことは持っていない。

でも走りながら相当量の思考は働かせているので、それを自分だけのものにしておくのはもったいないと思って書き流している。そのくらいの感じで読んでいただければありがたい。



まあでも以前も誰かが書いていたけど、フォームとか練習方法とかいろいろ自分で試行錯誤していけるのは市民ランナーの楽しみの一つではありますよね。



本日はふくらはぎの違和感がまだ消えないので久々のランオフ。その代り一日こんなことばっかりやってた。明日の稲毛30kmは、朝起きた時の脚の様子を見て考えます。
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