女優・高峰秀子は、いかにして生まれたか―複雑な家庭環境、義母との確執、映画デビュー、養父・東海林太郎との別れ、青年・黒沢明との初恋など、波瀾の半生を常に明るく前向きに生きた著者が、ユーモアあふれる筆で綴った、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の傑作自叙エッセイ。映画スチール写真、ブロマイドなども多数掲載。


わたしの渡世日記〈上〉 (文春文庫)わたしの渡世日記〈上〉 (文春文庫)
(1998/03)
高峰 秀子

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急に暑さが戻ってきてびっくりしてますが、明日は国立競技場で駅伝大会に出場予定。大丈夫だろうか(・・;)

読書記録を作者別にカテゴリー分けが完了しました。ゴロちゃんさんのブログのつくりをかなり参考にさせていただきました。これでかなり見やすくはなったとおもうのですが、そうしたらカテゴリーの一覧が異様に長くなったので、テンプレートのhtmlをいじってフォントサイズを小さくしてみました。小さすぎたかもしれません(汗

今日は戦前から戦後にかけて、子役から大女優に成長を遂げた高峰秀子の半生記をご紹介します。恥ずかしながら、堺正章の西遊記でお釈迦様を演じていた人、と思ったのだが、それは高峰三枝子でした(ー ー;)

一部では「ゴーストライターが書いたのでは?」との声もあったそうだが、「こんな個性的な文章、頼んでまで書いてもらわない」と版元に否定されたらしい。これは誉め言葉なのか…

特に戦中については、よく覚えていたなと思うほどの詳細な記述で、当時の世相がリアルに窺える。これだけでも十分読む価値がある。しかしこの本のより素晴らしいところは、女優・高峰秀子がなぜ大女優足り得たのかが垣間見える点だろう。

高峰は演技について、「どう演じるかの前に、その人物を正しく理解すること」と語っている。その裏付けとなるのは、物事の本質を見極める力だと思うのだが、それが本作の人物評価に表れている。一つは著名人との交わり。東海林太郎、谷崎潤一郎、梅原龍三郎などの大芸術家を観察するその目の付け所が素晴らしい。

谷崎潤一郎とは高峰が「細雪」に出演したことが縁だったらしいが、以後30年近くにわたり家族ぐるみの交際が続いている。谷崎の食へのこだわりや「細雪」をそのまま再現したような谷崎の家族の様子などが、本書にも鮮やかに描写されている。

梅原は高峰の肖像画を何点か描いている(本書の表紙も)。その内の一点は高峰が保管していたのだが、ある時国立博物館に寄贈することになり、それがきっかけで高峰が叙勲されることになった。しかし本業に関係ない叙勲で高峰は不快な思いをしたらしいのだが、梅原からも高峰に「こんなことで不快にさせて申し訳ない」と謝罪があったそうだ。庶民の私などは勲章がもらえればそれでいいじゃないかなどと思うのだが、この二人はお互いにプロフエッショナルだけに、何を誇りに思い何をそう思わないか、通じあっていたといえるエピソードである。

著名人ではない人達との交わりにも、高峰のものを見る目を示すエピソードが多い。特攻隊への慰問で「同期の桜」を歌い、それが確実に何人かの若者を死に追いやったと告白している。戦争が終わったとたんに反戦家に早変わりする人もいるなか、この告白は潔い。同時に、ハワイの日系移民の人たちが戦争中に遭った塗炭の苦しみについても語っているのだが、二つの祖国を持つ人たちへ注ぐ眼差しが実に温かい。

この感情移入ぶり、共感性の高さこそが彼女の演技力の源であろう。また何が正しいのかについて、自分の物差しをしっかり持っていることがわかる。本人は、自分はろくに学校に行っていないので読み書きが不自由と書いているが、なかなかどうして、本当に読み応えのある一冊だった。
☆☆☆☆☆。