冬が海からやって来る。毎年それを眺めているのが好きだった。鈍く輝きはじめた海を見て、私は逝ってしまった男たちを想い出す。ケンタッキー・バーボンで喉を灼く。だが、心のひりつきまでは消しはしない。いま私にできることは、この闘いに終止符を打つことだ。張り裂かれるような想いを胸に、川中良一の最後の闘いが始まる。“ブラディ・ドール”シリーズ、ついに完結。

ふたたびの、荒野 (角川文庫―ブラディ・ドール)ふたたびの、荒野 (角川文庫―ブラディ・ドール)
(1993/06)
北方 謙三

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ブラディドール・シリーズ全10巻、ついに最終巻。ま、ちょっとまじめにレポートしすぎたかも(^^;
「剣客商売」全16巻みたいに、最後に10巻まとめてでもよかったのだが、1巻完結なのでつい悪乗りした。
さて、最終巻だけに語り手は主役の川中だ。冒頭から過去9巻で亡くなった登場人物への鎮魂で始まる。

>夕方の決まった時間、私はこの店へやってくる。開店前で、客はひとりもいない。シェイクしたドライ・マティニィを飲りながら、話をしなければならぬ連中がいるのだ。みんな、もう生きてはいない。それでも、私には連中の姿が見えるし。声も聞こえた。連中と言うほど、数も多くなった。

>この店一軒があればいい。時々、そう思う。この店さえあれば。連中も怒らないだろう。カウンターの中には私がいて、それぞれ連中の好みだった酒を作ってやる。そして、端から私が飲んでいく。連中にはもう、飲むこともできないからだ。

>煙草をくわえると、坂井がジッポの火を出してきた。そのジッポひとつをとっても、叫び出したくなるような思いがある。だから私は、自分に叫ぶことを禁じた。叫んで叫びきれるなら、私にはもっと楽な人生があるだろう。

まさに北方節の炸裂だ。宵の口のクラブのカウンターでドライマティーニを飲みながら死者と語らう男。叫ぶことを自分に禁じた男。北方ハードボイルドの真骨頂ですな。

これを最初に読んでしまったら、もうあとは男と男のぶつかりあいの世界に身を委ねるだけだ。今回も何人かの男たちが死んでいく。それを見送る川中と宇野弁護士。表面上対立しあってきた二人も、最終巻では力を合わせて巨大な敵と戦う。しかしその過程で、川中は久々に愛した女性を失う。

>「虫が良すぎたよな」私は呟いた。明子と二人で海を眺めながら暮す。所詮、私には夢以上のものではなかったのだ。私に、そういう暮しが許されるはずがなかったのだ。

よっぽどこたえたのか、もう一度この後「虫が良すぎた」と呟いている。
人が死にすぎることについては多分北方先生自身にも反省があるようで、安見にこう言わせている。これはストーリーを暴走させた作家の本音ではないか。

>「なによ、あんたたち」いきなり安見が立ち上がった。「なにが殺しのプロよ。映画を観てるんじゃないのよ。なんだって、この街の男どもはこうなのよ。ちょっとは、デリカシーというものを持ったらどうよ。野蛮さをまとめて海にでも捨ててくるといいわ」

この後、安見は母親である菜摘に平手打ちを食らい、さらに宇野弁護士に「言っていいことと悪いことがある」とさとされる。しかし安見はこの巻の冒頭で父親を殺されて、文句一つ言っていない。このくらい言ってもばちは当たらんとおもうのだが。


せっかくなのでどの位の数の男たち(一部女たちも含む)が死んでいったのかまとめてみたいのだが、それはまた今度。一部中だるみもあったものの、全体を通じて流れる北方流のニヒリズムの世界が見事に構築されている。極上のエンターテイメントであった。☆☆☆。


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